奥様の親族のお通夜に参加してきました。
遠近問わず、人の死に触れて、学ぶことができました。
祖父様、ありがとうございます。
僧侶の説教でもお話がありましたが、やはり人の死については、残されたものが生きることについて問い、学ぶことだということでした。
死はある意味、生きている者へのメッセージなのでしょうね。
人間の一生を単なる生と死として考えるのではなく、存在として見たならば、生にも死にもおのずと意義が沸いてきて、死の後にも生ある者への影響があるように、死んだら最後ではないのです。
葉が落ち、枯葉が朽ちて、やがて良い土になるように、人の死からは次世代への学びが生まれるのです。
進化の過程も同じように、幾星霜の死を越えて掴んだものでしょう。
僧侶は『信心』という言葉も強調していました。
まだ、この言葉については自分の心が通っていないのでわかりませんが、学んでいきたいと思います。
自分は宗教にはこだわりがありませんが、一つの教え(哲学)として、身に沁みるよう努力をしていきたいと思います。
奥様と出会えた事を感謝致します。
ありがとうございます。