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先日読んだ「社会心理学講義」を、少しずつ読み返しています。
同じ本をもう一度読むのは、サンデル教授の「これからの『正義』の話をしよう」以来です。
少しずつ感想を書いていきますが、その中には批判的なコメントも多くあると思います。
しかしそれは、下らない本だったと言いたいわけではなく、自分が「おや?」と疑問に思ったことを少し考えてみたものですので、どうか読まれた方、お気を悪くされないよう。
素晴らしい内容の本だったので読み返しておりますので・・・

第2講 人格論の誤謬

「各人の行動を理解する上で、人格などの個人的要因はあまり重要ではない」
「社会状況に応じて人間行動はどのようにも変わる。悪人だから犯罪をなすのではない」
「行動を理解する上で外からの影響を軽視すると同時に内的要因を誇張するまちがいは、あまりに強い錯覚であるために『根本的帰属誤謬』と表現される」
など、アイヒマン実験(ミルグラム実験)やジンバルド実験の結果をもとに、「国籍・性別・教育程度・宗教・政治傾向・職業、などによって人間の行動を説明するのは間違いである」と説明されています。

なるほど。

思い出すのは「大逆転」という映画。
下らない賭けにより、本人たちの知らないところで、二人の人間の立場が無理矢理入れ替えられます。
エリートのウィンソープは商品先物会社の重役だったが、麻薬所持の濡れ衣を着せられてすべてを失った結果、犯罪を犯す。
ホームレスだったバレンタインは、拘置所から保釈されてウィンソープの代わりに重役となるや、先物相場で利益を上げるとともに、上流社会の一員として優雅に振舞う・・・

さて、第2講の中で、なぜそのようなことになるのかという説明に、
「(見知らぬ人を言われるがままに拷問してしまう)理由は、自分は単なる命令執行者にすぎないと感じ、命令を下す者に責任を転嫁するからです」
「逆に責任転嫁を難しくすれば、服従率は下がります」
「(周囲に人が多くいると他人を助けなくなる理由は)自分がしなくても他の人がやるだろうと安心すると責任感が希薄になり、犯罪を阻止したり救助の手を差し伸べる気持ちが鈍る」
などと述べられています。

しかし、この説明には違和感を覚えます。

例えば、これをもとに、
「責任をとらないでいいから、悪いことをする」
という命題が正しいことになったとすると、その対偶である、
「悪いことをしないなら、責任をとらないといけないからだ」
が成立することになります。
果たしてこれは正しいでしょうか?

責任を取らないといけない立場の人が悪いことをするなんて、よく見ることではありませんか?
政治の世界でも、企業の中でも、責任を取らないといけない立場まで上がった途端に悪くなる人がいませんか?
それだけでなく、たとえ下っ端でも、責任を与えて仕事をさせてみたがうまくいかなかった、なんて経験はありませんか?

実は本の中では、「責任」以外にも出てくるキーワードがあります。
「罪悪感」「心理的負担」「心理的苦痛」「心理的重荷」「道徳観念が禁止する」
などです。
こちらは、すっと心に入ってきます。

「いやそんなに目くじらを立てなくても、似たようなもんじゃないの」
と思われるかもしれません。
しかし私自身がこれまで、
「責任ある立場にいる上司の尊敬できない行動」
をたくさん見てきたために、
「責任を与えればうまくいくだろう」
という考え方が、受け入れられなくなっているのです・・・

責任を与えることは、正しい行いをさせるための十分条件ではないと思うのです。
大事なのは、責任を与えることではなく、自覚を持たせること
ではないでしょうか。

今日はここまで。