おはようございます。chiemyです。ベッドに戻りたい気持ちを抱えつつこれを書いています。だって寒い。寒いよ〜。最近の軽井沢は、朝晩に気温が氷点下になるようになってきました。今も、マイナス1度とか、0度とかなんじゃないかな。

今日の仕事もちょっとだけハード。今週は、月曜日までは踏ん張りどころな私です。そんな自分のために、昨日はかりんとうを買ってきました。黒糖かりんとう。何を隠そう、私は黒糖かりんとうが大好き。なにかおやつがほしいとき、ついかりんとうを選んでしまいます。

黒糖かりんとうにはランクがあって、一袋100円、200円、300円と、おおよそ3種類の価格帯があります。同じくらいのグラム数なのに、なぜ値段が色々あるかというと、使っている黒糖の質が色々だから。安いものは黒糖を少ししか使ってなくて、値段が上がるほど、黒糖をたっぷり使ってある。

私は普段、間をとって200円のものを購入することが多いです。昔は100円の袋を買うこともあったけど、味わいがふ菓子みたいで、せっかくおやつを食べているのに満足感が少なくなるので、美味しい気持ちで満足感を味わえる200円の袋に落ち着きました。

昨日も、いつもの200円の袋を買おうとスーパーに立ち寄った私。かりんとう売り場で、いつも買ってるやわらか黒糖かりんとうを発見。いつもだったら、さっとそれを買って終わりなのですが、昨日はなんだかどうしても300円のほうが気になる。300円が私を呼んでいる……。

しばらく悩んだあげく、冒険の気持ちで、300円の袋をかごに入れました。かりんとうに300円……かりんとうに……300円……。大冒険です。ドキドキです。イメージしにくい方は、バナナに置き換えてみてください。一房98円で買えるバナナもあれば、一房350円のバナナもある、350円の方を買ってみるドキドキを。


夕食後、おそるおそる、そしてドキドキわくわく楽しみにしながら、300円の黒糖かりんとうを食べたのですが、すご〜〜く美味しい。黒糖の味が濃くて、濃厚で。いつものかりんとうは、一度に2、3本食べるけど、これだったら一本の満足感がすごいから、一本食べるだけで充分だなぁというお味。美味しい〜。大満足。
あれ?でも、そしたら、300円の袋を買って、一本ずつ大切に食べるのが、結果一番ローコストなんじゃないだろうか??

お金の使い方って色々。普段買わない価格帯のものを購入することで見えてくるものってありますね。量より質がほしい時もあれば、質より量がほしい時もある。自分が、その商品にどちらを求めているのか、自分の心と向き合って商品を選ぶことで、トータルの支出を変えずに、より満足感の得られる買い物ができるのかもしれないな、と思った出来事でした。

今日は私の小さく些細な、大冒険の話でした笑
今日もみなさんの一日が、素敵で幸せで、感謝と安心に満ちた、素晴らしい日になりますように。幸せと喜びをたくさん見つけられますように。またね。



「今年最後のいちぢくだ」
「お前が帰ってくるまでとっておいたんだ」

先日、久しぶりに実家に帰省した。そのとき、父からおもむろに渡された。いちぢく。実家にはいちぢくの木が二本あって、春と秋に実をつける。

私はいちぢくが大好き。それを知っている父はきっと、私の帰省が決まってから、形が良くて大きくて美味しそうな実を、私のために厳選してとっておいてくれたんだろう。

父の愛はさりげない。さりげないけど、深くて広くて、あたたかい。それを感じることができるようになったのも、ひとり暮らしをはじめてから。今までは、あたりまえになっていた。あたりまえに思って、見過ごしていた。気付けて、受け取れるようになれて、良かった。

いちぢく、昨日の朝ごはんにいただきました。
ふわりとさりげなく甘くて、優しい味。私にとっていちぢくは、父の味だなぁとふと思う。あと何回、父から受け取るいちぢくを食べられるんだろう。父の笑顔が脳裏に過ぎる。

ひとり暮らしは楽しいけれど、帰れるときは帰れるだけ、実家に帰ろう。そして、掃除や片付けを手伝ったり、家事をしたり、私にできることをできるだけしよう。それはいつか、かけがえのない宝物に変わる気がする。

今年も秋の味覚をいただきました。
ありがとう。



ひとり暮らしをはじめてから、部屋に花がなかった。
それに気づいて、今日は散歩をしながら野花を摘んできました。野菊とヤマホタルブクロ。

ミニマリストな私、生活費もミニマルなので、お花屋さんで切り花を買ってくるゆとりはありません。でも、そしたらお部屋に花を飾れないかといったらそうではないことに散歩をしていたら気がつきました。山には秋のかわいらしい山野草がたくさん。株から一本だけ分けてもらって、我が家に来てもらうことに。
秋を感じたい!という理由により、紫を選んできました。

ヤマホタルブクロの花言葉は「愛らしさ、感謝の気持ち」だそうです。愛らしいかわいい小さな自然の恵み。感謝の気持ちで、お部屋の彩りを味わいたいと思います。

我が家に来てくれてありがとう。大事にするね。毎日お水を変えるね。だから、できるだけ長生きしてね。これからよろしくね。かわいいね。大好きだよ。私に幸せをありがとう。

後ろのラジオも、仲間が増えて、心なしか嬉しそう。このラジオくんも、我が家の主力メンバーのひとりなので、またあらためてご紹介させてください。

軽井沢はもうすっかり秋。
陽が落ちるのが早くなってきましたね。今日の夕ごはんは、鶏肉とかぼちゃのシチューにしようかな。みなさんも、秋の夕餉を楽しんでくださいね。


おはようございます。今日は仕事がお休み。なので、家事を朝のうちに全て終えてからこれを書いています。外ではピピピ、鳥の声。いつもとは違うピピピの音色笑 観察していると、数匹のむくどりが、木の実を食べているみたいです。むくどりも冬支度かな。冬のぶんも、たくさん食べてね。


むくどりの冬支度とは違った意味で、数年前の私は、部屋に物を溜め込んでいました。大きく分類すると、以下のようなものです。

・仕事関係のもの
・仕事から逃避するための様々な趣味のもの
・本、DVD、CDなどのコレクション
・服、鞄、靴
・その他幼少期からの思い出の品

収納場所にはぎっちり、これらが詰め込まれていました。むくどりがたくさん食べて身体に栄養を溜め込むのは、食べ物の少ない冬を乗り越えるためだけど、私は何のために部屋に物を溜め込んでいたのだろう? これらをほぼ全て手放した今、ふと考えることがあります。多分それは、ひとことで表すと、「嫌な仕事を続けるため」。

仕事でもしかしたらまた、使うかもしれない。仕事から目を背けるものがないと、気持ちを紛らわすことができないから、いろんな趣味を充実させよう。仕事を続けていて良かったと思えるような、少し高価な靴や鞄を買おう。お気に入りの本や映画のDVDに囲まれて、心を守ろう……。そんな理由で、身の回りに集めたたくさんの物たち。彼らでがっちり身の回りを固めることは、心の要塞作りだったように思います。

でも、本心は言っていた。常に私に助けを求めていた。
ねえ、もうやめようよ。もう無理だよ。こんなのその場しのぎだよ。こんな無理と無茶、ずっと続けていけないよ。もう嫌だよ。

その声にしたがって「仕事を続けること」に執着する心を捨てたことが、私が一番初めに捨てたことかもしれません。仕事をやめたら、要塞が必要なくなった。要塞の役割だった物たちを手放したら、住む場所を身軽に選択できるようになった。自分の好きな環境で生活することを選べるようになった。そうやって、流れ流れて今の私がいます。


昔の私と同じように、たくさんの物に囲まれて、でも幸福感を感じることができない……と悩まれている方。物を捨てたい、減らしたい、断捨離したいと思っているけど、なかなか行動できない……と悩まれている方。意外と多いんじゃないかな。そしてそんな自分を責めたり、直さなきゃと思ったり、自信を失くしたりしている方も多いんじゃないかな。

責めなくていいよ。あなたは何も悪くないよ。あなたの今の現状は、あなたを何かから守ろうとしている結果なんだよ。今のあなたの現状は、あなたを何から守ろうとしているんだろう? 何が嫌で、何が辛く感じているんだろう? そのことに目を向けてみることで、あなたを幸せに導く小さな一歩が見つかるかもしれません。

今日は、むくどりを皮切りに、物を溜め込んでいた過去の自分から今の自分への変化を、ざっくりダイジェストでお伝えしました。これからも、いろんな角度から書いていきたいな。

長野は今日も晴れやかな青空。今日はどんな1日になるのかな。あなたもわたしも、自分史上、最高のわたしで、最高の1日を更新できたら素敵だね。きっとできるよ。そうなるよ。大丈夫。またね。

今朝のめざまし。今日もやっぱり5時に鳴る。ピピピピピを止めた後、ストーブをつけるのがいつもの私。でも、今日の私はひとあじ違うぞ。私にはわかる。私の体は、もっと眠りたがっている。最近はずっと、意志の私を優先させてた。意志の私を優先して、早起きしてた。体の私はもっと眠りたがっていたのに。今日は、体の私を大事にするんだ。力強い足取りで、ロフトベッドに逆戻りする。おはよう、おやすみ。私はもっと寝ます。


おはようございます。noteを書きはじめて7日目の朝です。7日目の朝は、二度寝の朝です。めざましではなく、自分が起きたいと思ったときに起きる幸せを噛みしめました。
朝型の生活にあこがれて、1週間早起きを続けてみたけれど、今の私にはあまり合わないみたい。早起きをすると朝のパフォーマンスが上がるって色々な本に書いてあったけど、私の場合、パフォーマンスが上がるどころか、起きた時から一日ずっと眠い。頭がすっきりすることなく、ぼ〜っとしたまま一日を終える。そのことになんだかもやもやしていたのでした。


きっと私は、朝型でも、夜型でもなく、睡眠型。起きる時間帯が大切なのではなくて、そのときに必要な睡眠時間をちゃんと確保することが大切なんだろうなと気づきました。睡眠時間を確保しつつ、自分の時間も確保したい。(例えばこうやってnoteを書くような)そのためには、体の声に向き合って、寝不足ではなく、かといってむやみに寝過ぎない、ちょうどよい睡眠時間で起きなければ。それは、目覚まし時計をセットして、毎日同じ時間に早起きをするよりも、なんだか難しいような気がする。でも、私は私の体の声を大切にしたい。すっきりとした体と心で毎日を過ごしたい。そのために必要なことだって、体が言っている気がするから、チャレンジしてみようと思います。


note2週間目。今日から私は、睡眠型生活を始めます。体の声をよく聞いて、できるだけその声に沿った生活をしてみます。気づいたことを、また報告しますね。
みなさんの今日が、素晴らしい一日になりますように。