通じないことは当たり前 | 8D こども教室 (下高井戸)

8D こども教室 (下高井戸)

2015年10月開室。心と体を沢山動かす。夢中×笑顔!本気で遊ぼう♪気持ちを感じながら生きよう!みんなの夢実現をゆるっと応援♡認知・EQ・マインドフルネス。整い満たされ、安心することで、自らの力が湧いてくる。心オープン♪やっぱハートだろ!?あなたはあなたのままで♡

こんにちは、講師の中村です爆笑


正直な気持ちや状態が聞けるとすっきりしますね。


楽しい

悔しい

面白い

わからない

つらい


いろいろな気持ちはありますし、

なぜそのような気持ちになったかも様々ですが、

何かしら反応をもらえると嬉しいです。


ある本に、日本は察する文化と書いてありました。


その文化があるから、はっきり言わなかったり、

文をぶつ切りにしたりしていると。


私はその察する文化という言葉にすごく納得しました。


例えば、話の流れがあって、

(こうなることが予想されるから、)次はこうでしょ


の、( )内の部分ははしょられる。


それはお互いの常識や経験が合致していれば話が通じますが、合致しなければ通じません。


ですから、常に自分と相手との間に共通の常識はないものとしてコミュニケーションをとろうとしたら、間違いはなさそうです。


私も察する文化の中でかなり生きてるなぁと思って、反省しているところですが、

確かに海外旅行時など、言葉が通じない相手に対しては、

自分がどうしたいのか、端的に伝えようとしていますね。


行きたい、食べたい、見たい、やめたい、わからない


ひとたび察する文化に浸かると、回りくどくなったり、何を伝えたいのか、

イエスなのかノーなのかすらわからなくなったりすることもあります。

それでは、お互いに困りますよね。


もちろん、相手との間に常識がないと考えた上でやり取りしたとしても、通じないこともありますが、

ただ、通じなくて当たり前のスタンスでいることは必要だと思います。


どうして通じないんだムキー

にはならず、


通じないからどうしようニコニコ

に切り替えられます。


それで、相手から反応があるとめちゃくちゃ嬉しいですね。


難しい言葉はいらないなぁと思います。


通じないことは当たり前なんです。