
担当ナースの壮絶な過去
ちゅりーっす![]()
だーりんの緊急入院(★)から
手術を受けるまでの期間を
担当してくれたナースの中に
マリア(仮)という女性がいました。
小柄な彼女からは
元気エネルギーが溢れていて
弾ける笑顔で茶目っ気たっぷり。
底抜けの明るさはもちろん、
細やかな気配りも印象深い
素敵なナースでした
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今朝は久しぶりに雲のない
クリアなサンライズでした![]()
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私がマリアに会ったのは
だーりん手術の数日前の
たった1日だけ。
入院中はたくさんのナースに
お世話になりましたが、
病室を訪れて処置をする時も
あいさつと当たり障りのない
スモールトークがほとんどでしたが
3回の短い(数分の)雑談で
それぞれ濃い内容の話を
マリアはしてくれました。
その日、彼女は
3回ほど病室を訪れて
処置をしてくれましたが、
その都度、軽く雑談をしました。
3回の短い雑談。その一つで、
彼女は”話のついで”のように
時に声をひそめながら…
凄まじい少女時代の体験を
一気にさらっと話してくれました。
私には衝撃的な話でしたが
マリアに倣って、できるだけ
さらっと書こうと思います。
***
マリアのお父さんは
医療の遅れた国や地域に赴き、
人々に医療を施すドクターでした。
彼女は幼い頃、
お父さんの派遣先である
アフリカに渡りました。
父の赴任先アフリカの地では、
毎年、疫病/風土病が流行り、
十分な医療用品も医薬品もなく
処置も手当もままならないまま、
大勢の村の人々や友人たちが
次々と亡くなっていくようすを
マリアは目の当たりにしました。
マリア自身も、
何度も伝染病にかかり、
腸チフスとジフテリアに罹った時は
2回とも生死をさまよったそうです。
※typhoid(タイフォイド=腸チフス)
という単語を、私はこの時知りました。
マリアは
腸チフスとジフテリアに罹って生還した
類まれな経験を持つナースだったんです。
医療を施す側も、常に
感染の危険にさらされています。
命がけで人々に医療を施した
マリアのお父さんは、現地で
マラリアで亡くなったそうです。
11歳でアメリカに帰国したマリアは
その後 医療の道を志し ナースに。
壮絶な少女時代を経て、
ナースとして長年勤め、
多少のことには動じない
底抜けに明るいマリア
そんな彼女が、
自分の勤めるこの病院で
想像を絶する異常な事態に
幼い頃の壮絶な記憶が蘇り
愕然とした…と
今年、Covid-19 ピーク時に
彼女が経験したことを
2回目の雑談で話してくれました。
こちらに続きます。
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