もう2度と会う事もないんだろうなあーと、半年くらい前にブログにもそのセンチな思いを綴った対象である「舞ちゃん」ラブラブがあっさり銀座復帰したえっ 本人にしてみれば別に夜のお店をやめたつもりはなく、以前から勤めたかった不動産業の会社に入社して、そちらの方が目いっぱい忙しかったようなのである。

「だってお前、断りなくいきなりアドレス変えて、音信不通になれば、誰だって嫌われたって思うだろしょぼん

「ごめんちゃーい!メール出来なかったのはスマホに変えてやり方わからなかったからべーっだ!

「でも、たまーに店であっても、愛想笑い程度しかしてくれなかったじゃんよぉシラー

「あぁ、それはホントにその頃疲れてたんです。毎晩のように仕事帰りに接待に付き合わされてしょぼん

「そうだったのぉ?で、そこまで頑張ってたのに何でやめちゃったの?」

「だって、社長が“いっしょに旅行行こう”なんて言い出すんです。さすがにそれは無理っ叫び

「そりゃそーだろ!!しかしまあ、その社長のエロさ加減も相当だよな。いくつくらいの人なの?」

「40くらいですかねえー、バツイチとか?わかんないけど。」

「ふーん、でもまあ君の場合、本当の中身は違うんだけど、一見男をそういう気持ちにさせるルックスラブラブ!が、ハードル低そうな感が出してるもんなぁ恋の矢しゃーねえっちゃーしゃーねーか。」

「ホントですかあはてなマークアタシそんな感じですかあはてなマーク

「うんキスマークもエロいし、すぐヤラシテくれそうラブラブ!

「えーーーあせる やぁーだぁープンプン アタシそんな安い女じゃないしビックリマーク

「そりゃわかってるけどさ、見てくれ目がそうなんだからしゃーないよ。まあ、でもこうしてまた会って、いっしょに酒が飲めて嬉しいよニコニコ 俺が銀座に通うきっかけとなったのは、舞ラブラブとエリーラブラブと出会ったからだもんな。じゃっ、久しぶりだから記念撮影ねカメラ ハイッ!チーズ!」


『男の立場では、女の方が別れた後も何かと大変だろう、と思って対処した方がよろしい。“実際は女の方がはるかに回復が早いし、少し時間が過ぎれば、そんなことあったっけと平然と口にする。むしろ男の方が愚図愚図する。これは昔からの常識である”』(恋に死ぬ男はバカなのか?の章より)
 

久しぶりに舞との軽口を味わいながら、あらためて伊集院静先生に共感を覚える。男が、オヤジが、思っているほど、今の若い女の子は複雑ではないのか?50男のひとり芝居?それとも単なる世代間のズレなのか?

「ねぇねぇポッキーさん、ブログに載せる写真ならお気に入りのこの1枚どぉニコニコ?」
「おっビックリマークいいね、いいねこの表情。GORO(’92年廃刊)の表紙飾れるようなセクシーショットラブラブ!じゃない音譜

「GOROかおはてなマークはてなマークはてなマーク  でしょぉーでしょぉーべーっだ! いい感じでしょぉー音譜 みんなにも送ろっかぁー合格


というわけで、舞ちゃんラブラブ自薦のキューティショットラブラブ!と、本邦初公開!! “実はプチタレントなので事務所の許可なく顔出しNGですのエリーラブラブ”の夢の競演で、夏の銀座に『舞ドキドキ戻る』チョキニコニコアップ


8da-abaさんのブログ



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「うらぼんえ」…。恥ずかしながら、この年になるまでお盆の正式名称である事を知らなかった。「盂蘭盆会」と元々のインド語の「逆さ吊り」の音に合わせて書き、そうされている人を極楽往生出来るように救う法要という意があるらしい。そんな由来すら知らずに、この言葉を初めて目にしたのが、浅田次郎の名作「鉄道員(ぽっぽや)」の短編集に収められていた作品の一つからである。物心ついた頃に両親に捨てられ、祖父母に育てられたちえ子は不倫相手に妊娠させた夫と、決着がつかないままその故郷の新盆に訪れる事となり、そこで夫本人ではなく義父と義兄に理不尽な円満離婚を切り出される。多勢に無勢、一族に取り囲まれたちえ子は正義すら主張出来ずに終わるのか?と悔し涙を堪えているところに、強力な援軍が現れるのである。「なにめそめそしてやがる。じいちゃんが来たからにゃ、もうでえじょぶだ。泣くんじゃねえ。」そう、とうに亡くなった大好きだった祖父の登場だ。「てめえ、よくも俺の孫娘をコケにしてくれたな。」「おめえら寄ってたかって、黒いものを白だとぬかしやがるか。」と昔ながらの江戸前啖呵がちえ子の溜飲を一気に下げてくれる。。。。これ以上記すとせっかくの名作のネタバレになってしまうので、このあたりで控えるが、この小説に収められている他の作品同様、涙なくして読みきれない、情に厚いストーリーなのである。

弟の新盆に重なったこの3連休、実家に泊まり両親とともに弟の魂を迎える事とした。「うらぼんえ」の意味も、迎え火やら送り火やらの儀式も、弟が亡くならなければ、もう少し先まで知らずにいたかもしれない。
夕食後、「あんた、近くの極楽湯(スーパー銭湯)の割引あるから行かない?」と父が言って来た。「ウチのお風呂は狭いし古いから、行って来なさい。」と母も追い打ちをかける。特に断る理由もないので、40年ぶりくらいに父と2人で銭湯に行く事とした。下駄箱やロッカーの遣い方を小まめに説明してくれる父が、いよいよ浴場に入ろうとした時「失くすといけないから、カギはお父さんが持ってるよ。」と一言。おいおい俺今年で52だぜ!と思いながら「子供じゃあるまいし、大丈夫だよ。」とまんま口に出すと、さすがに親父も照れくさそうに苦笑いした。
悪態はついたものの、湯船に浸かりながら父の気持ちというか親の気持ちを考えてみる。やはりいくつになっても親は親、子は子なのか。そんな両親の息子を亡くした心情は。。。
弟用に新しく買った仏壇には、たくさんのお供え物。なんで死んじまったのかなあと、今なお思いながら、お迎えした弟と一緒の部屋で、久しぶりに夜を共にする東京の盂蘭盆会は、今日も猛暑日である。
先週末、仕事で宇都宮に一泊する機会に恵まれたので、これは本場の「宇都宮餃子」を食らわねばと思い、朝食というよりも早めの昼も兼ねて、駅前にあるネットで調べたランキング上位店の一つに、同僚と2人足を運んだ。ちょうど10時の開店とほぼ同時だったのだが、100人ほど入る店内には既に20人程度の客がいくつかのテーブルを囲んでいる。さすがは人気店と感心している内にも来店客は次々に増え始めているので、さっそく看板メニューの焼き餃子を一皿ずつ注文する。待つこと数分、いよいよ運ばれてきた人気店のそれを期待を込めて勢いよく頬張る!と「うん、、、まあ。。うまい事はうまいけど…。。そんなに特別な代物とは感じないよね~?」「そうですねぇ~、普通っちゃー普通ですね。」と同僚と2人、若干の肩透かしを喰らった感じ?これなら普段よく行く「王将」や「バーミヤン」あるいは「揚州上人」のそれの方が上じゃね?と心の中で今風に呟いてみる。「名物に美味いものなし」とは昔からよく言われるものの、それとは違う、何かここ10年くらいのご当地B級グルメブームに乗っかって、メディアに後押しされながら作り上げられた“実力以上の虚飾の名物”と評するのは、少々言い過ぎだろうか?

$8da-abaさんのブログ
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平準化や均等化を好み、隣の人と同じ事をやって、同じ価値観を持てる事・持っている事が、何よりも安心につながる日本人気質においては、「食べ物」のみならず、「ファッション」や「エンターテイメント」等の世界で、瞬間的に極端な支持を得る事がよくある。しかし、その実態が脆弱であればあるほど、そのブームも短くやがては姿すら消してゆく。そもそもそこには、個人個人の想いや意思などはほとんどなく、無意識にインプットした情報や時流に身を任せて行動するそれは、典型的なアイデンティティの欠如につながるのではないだろうか。歩調を合わせる、空気を読む、日本人の美徳とされてきた協調性や連帯意識というものも、変に取り違えると上述したような望ましくない副産物を生み出す事にはならないか?

おととい一次リーグ敗退が決まったサッカーコンフェデ杯。戦前から優勝を狙うと豪語していた本田圭祐は「日本のストロングポイントはチームワーク。ただそんなものは努力しなくても我々日本人のDNAに元々組み込まれている。」と、盛んに“個の力”の向上を訴えていた。そして彼の危惧した通り、圧倒的な個の力の前では日本流の和の力ではまったくもって歯が立たないことを選手もファンも思い知った。3連敗が決定したメキシコ戦後、ご意見番のセルジオ越後の辛口コメントが、すべてを言い当ててるように思う。
「“イタリアに負けたけど、いいサッカーしたよね”という甘い論調に、現実という名の冷や水が浴びせかけられたような試合だった。妙な満足感を覚えていたファンも、それを煽ったメディアも、これで目を覚ましたろう。」

自分のパソコンで「協調性」と打って変換ボタンを押す。。。「馴れ合い」や「妥協」と出てこないか?同様に「チームワーク」と打って変換ボタンを押す。。。「他者依存」や「責任転嫁」と出てこないか? 宇都宮餃子を喰らいながら、こんなふうに考える自分は、やはりかなりの「妄想族」なのだろうかシラー