日曜劇場「半沢直樹」がニコニコ痛快である。連続ドラマをここまで一言一句聞き逃すまいとして集中して観るのは、キョンキョンの「最後から2番目の恋」以来か得意げ。番組自体のヒット要因の分析は他に譲るとして、この2作に自分が感じる共通の魅力は、丁々発止とやり合うむかっセリフのリズム感・爽快感音譜だろうか。果たしてその原作は?と、おそらく多くの“ドラマ・半沢直樹”ファンがそうした?ように、自分も「オレたちバブル入行組」を、TVのストーリーをなぞりながら読み始めているが、やはり堺雅人の臨場感溢れる迫真の演技あせるから来る迫力は、残念ながらそれを読んだだけでは感じられない。


その他の登場人物についても、例えば上戸彩演じる愛妻・花は、どちらかというと乾いたあるいは冷めたシラーキャラクターに描かれていて、夫に対する同じ愚痴や不満の表現一つとっても、TVで印象的だったテレビ「負けんじゃねーぞーべーっだ!ラブラブ」的な瑞々しくて可愛らしい女性は、イメージ出来ない。また、賛否両論あるらしいラブラブ!壇蜜ラブラブなんかの演技も、小説では表現しにくいちょっとしたドキドキ仕草や表情ドキドキを、今回は、TVテレビの強みを最大限に生かしているのではないか。他にも国税局の片岡愛之助、大和田常務役の香川照之、悪徳社長・東田を演じる宇梶剛士など、あくの強い役者を幅広く配置し脇を徹底して固めてる一方で、さほど知名度はなくとも、あくの強さと演技力ではかなりのインパクトを示した叫び小木曽次長役の緋田康人なんかは、TVテレビにした時の典型的なキャスティングの妙である。


現実的には組織の中で、あそこまで勇気と行動力を持って自己実現を目指してゆく事は、考えづらくはあるものの、「俺もあんな風に、頭と舌の回転が早ければにひひ!?」と妄想に走る輩も多いのではないか。

先日の日曜日からはいよいよ東京編がスタートビックリマークのっけから宿敵・大和田常務と真正面から対決する我らがヒーロー・半沢直樹の活躍に、胸躍り溜飲を下げたが、残り4話どんな展開が待っているのか?ますます目が離せない「日9」である。理不尽でガーン不条理なショック!世の中・会社・組織で生き抜く日本中のサラリーマンのために、次回も胸のすくような「グーにひひ倍返しアップ」を期待したい。




8da-abaさんのブログ

30半ばを過ぎたあたりからか、運動不足の解消と健康維持のために、自宅近くの江戸川沿いをジョギングする事を習慣化してきた。ジョギングと言っても、ホノルルマラソンや東京マラソンを目指しているわけではないので、距離にしてたかだか1~2㌔程度のもので、月10日を目安に年間100日を目標という、とっても低くて緩ーいハードルを掲げた事もあって、50を過ぎた今でも続ける事ができている。傍から見れば、そのくらいならやってもやらなくても同じ事と思われがちだが、セットで行う腕立て・腹筋&自己流ストレッチも含めて、1週間もさぼるとすぐに体重増につながったり、肩こりや腰痛が現れたりと、自分の中では結構バカにならない日課となっている。それにオヤジとしては、万が一若いお姐ちゃんと交わうラブラブ!温泉チャンスに恵まれてベッドインした時「ポッキーさんて、あそこもフニャフニャダウンだけど、お腹もフニャフニャダウンなのねシラー」という非現実的な妄想に対する準備が、正直かなりのモチベーションになっているのである。自分ながらにホントおめでたいべーっだ!と思う。


久しぶりに河原の風が心地よかった日曜日、一通りのメニューを終えて、仰向けに寝転び空を見上げる。これもほぼ条件反射的に、「おーい!雲よぉー!そんなに急いでどこに行くんだぁー!」と心の中で叫んでみる。っつうか、曇天の空は雲なんか流れてねぇーしあせると、一人突っ込みながら、この1週間の出来事に思いを巡らせる。


80になる父が、月曜日から検査入院する事になった。もともと薬でだましだまし付き合ってきた高血圧の数値が、先週あたりから上が170近くになってしまい、本人に体調変化の自覚はないものの、主治医に勧められての対応である。弟の事、この夏の暑さ、年寄りにしては旺盛すぎる食欲あせる何が原因かわからないが、念を入れるに越したことはない。そして担当医からの検査結果が告知されるという金曜日、普段は何かと父に毒づく母が「大丈夫だよねぇ。。。何か手術必要なのかねえ。。。」と不安がってもいたので、休暇を取りいっしょに病院に向かう。結果は狭心症。全般的に心臓からの血管が、平均より細いそうである。かといって、緊急的な治療を要するわけでもなく、常用している薬の処方の内容を調整したりして、来週には退院してもよいとのこと。本人は至って元気であったので、特別心配はしていなかったが、結果に安堵した母親とともに、父の健康に対するイエローカードとして受け留め、改めて自分の親の年齢を思い知る。


ここ数年音信はあるものの、どうもしっくりかみ合わない学生時代の友人から、突然の同窓会の呼びかけがあった。しかも日程・時間・場所・人数とすべて指定むっむかっ イヤな奴ではないんだけど、特別親しい間柄でもなかったし、呼びかけられたメンバーを見ても、今一つ積極的に参加する気にはなれない。この年になると、親の事・家族の事などに縛られることが多くなり、オフの時間と言えども、なかなか自分のための時間が取りにくくなってきている。だからこそ、確保出来たプライベートな時間については「会いたい・飲みたい」人間を自然と限定したくなってしまう。せっかくだけど、今回はパス長音記号2 俺は銀座にも新宿にも行かなきゃいけないんで、忙しいのよべーっだ!


イチローが4000本安打を達成した日、歌手の藤圭子がマンションから飛び降り自殺はてなマークした。ワイドショーが報じていた数年前の入国トラブル時のインタビュー「1年で1.5億円?5年で5億円くらいですか?使いましたっドクロ」の様子を見る限り、危うい危ういガーン みのもんたの話によると、青森から上京してきて仕事につくまで、白いご飯を食べた事がなかったほど、苦労されてきたとか。自らの曲による大ヒットと、娘・宇多田ヒカルによる再ブレークで手にした金と名声では、確かな人間関係は作れなかったのだろうか?“夢は夜開かなかった”のかはてなマーク


いい大人になってからの“新型うつ”が増えているらしい。それってホントに病気なの?昔よく言った「ズル休み」と同義語じゃねーの?と自分等の世代は勘ぐってしまう。PCやスマフォの中でしかコミュニケーションを取れない若者が、生身の人と人の間で人間関係力を構築できるはずがない。後を絶たない「冷凍ケースに入ってみました」の投稿写真は、自己表現のきっかけを見出すためのシグナルなのか?つまづいて、転んで、けがをして、お互いの痛みをわかってからこその人付き合いではないのか?せめて自分の接する年下の人間に対しては、そんな事を実践で伝えてゆかなければなあと、お節介を焼きたくなるのは悪い癖?


つれづれなるままに諸々考えていたら、あたりはすっかり暗くなっていた。いけねぇいけねぇ、こんなところでこんな時間に寝ているオヤジこそ、危ういっちゅうねん叫び さぁーいよいよ8月も終わり。明日は誰と飲みに行こーかなにひひビールアップ



今からちょうど30年前の8月12日、群馬県御巣鷹山に日航機が墜落したあの日。社会人一年目の自分は会社にも馴染めず、夏休みに入ると同時にサークルの仲間30人くらいに声を掛けて、学生時代と同様のテニス長期合宿を企画して、福島県の白河・関の里にいた。そしてその悲報が最初に入ったのは、仕事の都合で遅れて参加してきた当時仲の良かった先輩が、コートに現れるやいなや発した「もぉ、坂本九の上を向いて歩こうなんか、歌えないよ。上向いてたら、ヒコーキ落ちちゃったから得意げ」という一言からだった。悲しむどころか、毒気の強さで笑いを取ろうとするその先輩の人格を軽蔑しつつも、まさかあそこまで悲惨極まりない事件だったとは、その時想像すらし得なかった。皮肉にもこの事件と発言が、当時は使いこなせていなかった「デリカシー(の無さ)」という言葉の代表的な使用例として、自分の心の中に深く刻まれるようになったの は、いいのか悪いのか?今でもわからない。

毎年この日になると、時の首相の靖国神社参拝の可否が話題になる。これもあまりにも無知すぎた若い頃は考えもしなかったが、15年ほど前に読んだ「あの戦争は何だったのか(保坂正康著)」によって、英霊の帰る唯一の場所と教えられ、そのデリケートな存在感を理解した。

520名の日航機事故犠牲者も、310万人の戦没者も、可哀想だ気の毒だとは思っても、どこか他人の死に対して遠く客観的な捉え方を、正直していた。不幸は少し離れた向こう側にあるものだと。。

月遅れ盆の今日、弟の霊を慰めに実家に泊まりに来た。早いものでもう半年が過ぎた。墓や仏壇の前で手を合わせても、込み上げる事はなくなった。両親も弟の話を出しても、自然に会話出来るようになった。涙が涸れたのか?悲しみを乗り越えたのか?前述した二つの事件の犠牲者の遺族は、どんなだろう?
盆休みに読み切ろうと思っている重松清の「きみ去りしのち本」に答えを探した。
『一生消えない傷を負っても、ひとは一生泣き続けるわけではない。そして涙が涸れたからといって、傷が消えてしまったわけでもない。私たちがこれから背負っていくのは、涙の出ない悲しみなのかもしれない。~乗り越えなくても慣れる事なら、誰でもできるよね。』
今日のところは、そういう事で、よしとしようかかお