さて、冒頭に反省していることについてだ。
私はこの歳(58歳・・・)まで韓国ドラマを観なかったことについてだ。
なんというか、韓国という国はエンタメを重要な輸出品目として国がバックアップしているという事実、本作を観て痛感するのは以下だ。
①感情移入しやすい分かりやすい筋書き
②ストーリーを相乗に活性化させるキャラクター設定
③映像美、音声、効果、セットの洗練
こういったものが観るものを感情移入させドラマに参加しているかの錯覚まで感じさせる。さらに本作に至っては社会問題についても分かりやすく提起している。
その問題提起は国を超えて日本にも共通した問題といえる。
*格差社会*高齢者問題や現代の闇といえる部分についても「遺品整理」というフィルターを通して表現しているのだ。
いや、間違った先入観で韓国ドラマを観なかった自分を恥じるばかりである。
だが、改めて前に進もう。
今回のテーマは親子の絆であろうか?
依頼主は一人暮らしで認知が進行して孤独死に及んだ母親の息子である。
前回に書いたが発見が遅くなった孤独死の現場はヘビーである、悲しみにあふれた現場である。
依頼主の息子は『さっさと早く安く終わらせてくれ!」と母親の死に対して哀れみや悲しさの無い態度だ。
グルは坦々と作業をする中で重要な気づきを得る・・・・母と息子の絆というべき発見である。
グルは作業を終え、いつもの黄色い箱を依頼主の息子に渡す、お母さんが生きた証が詰め込まれた遺品の箱だ。
だが、息子は「そんなものは要らない!金はないのか?」と言う
グルは「ある」という、母の寝床の下から出てきたお金だ、だが母の死後に流れ出た体液でベトベトに汚れたお札だ。
息子は「洗ってもってこい!」と心なくグルに言い放つのだ。
グルはこの母の体液にまみれたお札を洗浄する作業の中で気づく、それは母の心ともいうべき気づきだ。
さらに息子が「要らない!」といった黄色い遺品箱の中には今は失われた母を思う息子の心が入っていた。
洗浄されたお金と「要らない!」と言った黄色い箱を改めて依頼主の息子に渡す時にこの愚かな息子は母の自分への愛に気づき
息子も母への愛を取り戻すのだ。
取返しようの無い失われた悔い多き時間であったが、この遺品のおかげで無くした親子の絆に気づくことが出来た・・・
が愛する母はもういなく気づくことが出来た息子は子どものように慟哭するのだ。
貧しさが本当は愛し合った親子に悲劇を与えた今回であった。




