2月18日(水)昨夜は久しぶりにラジオ(ギフチャン)に呼んでもらって会社のことや仕事のことを話させていただきました

さらに拙い素人の自作曲を歌わせていただきありがたくも楽しい時間になりました、また応援していただいた皆様に心から感謝であります(^^♪

 

 さて、今回は私の資格試験の思い出を書かせていただこうと思っております。

 

 建築屋の息子に生まれた私は学校を卒業して準大手ゼネコンで働かせていただき5年務めて親の会社に入った、親は一級建築士

だったので私も一級建築士になろうと思い(動機付けが軽い( ;∀;)受験することにした、この資格は1次試験(学科)と2次試験(製図)であり1次試験をクリアしないと2次試験に進めず2次試験まで合格しないと取得できない仕組みになっている

確か私が28歳の時に初受験で1次試験に不合格だった、これは勉強しなくては合格できるものでは無いと知り次の年は真剣に勉強したら1次試験に合格できた アホな私は『1次が受かれば2時は余裕だ』と勘違いしていたら2次試験に落ちた・・・この資格は当時1回学科に受かれば次の年に2次試験を受けることが出来たので次の年に製図試験を受けた、題は神戸淡路の震災の後だったので震災対応の施設の設計の問題だった、ヤマが当たった!5時間半の制限時間で書き終えた、しかし不合格だった・・・・落ち込んだ

 

 しかし諦めの悪い私は次の年に再び1次試験から受験し1次試験をクリアした、この年は100点満点中85点という高得点で学科に通り2次試験に進んだ、さすがのアホな私ももう舐めてはいない!来る日も来る日も製図を書きまくり万全の準備で挑んだ!一緒に勉強した仲間たちも沢山出来て「みんなで合格しよう!」と励ましあった!本当に張り詰めた空気の中の試験だった、試験中に隣の席の仲間が製図台に伏せて泣き始めた・・・試験中だが私は心配になり「どうしたんや?」と聞いた、彼は「計画がまとまらない・・ダメです・・・1年間努力してきたのに・・・」と泣いていた・・・私は「ばかやろう!あきらめるな!!顔を上げろとにかく書け!!」と励ました、彼は書き始めた、とにかく完成させなければ合格はしないから、後日、彼は無事合格した!よかった(^^♪

「テルさんのおかげです」とお礼をいってくれた。

 

 とにかく異常な緊張状態の試験なのだ、私も書き上げた!帰り道の車の中で仲間が放心状態で虚ろに「ああ、子どもの時は良かったなぁ 砂遊び楽しかったなぁ・・・お山つくって穴ほって水流して・・・」と訳のわからないつぶやきを言っていいた『こいつ・・・壊れたな( ;∀;)』と思った、彼も合格した

 

 年末に合格発表がある、クリスマスの日だった、当時はインターネットがまだ普及していない時代だったので発表の日に県庁に合否を確認しに行った、県庁の職員の人が「これが今年の一級建築士の合格者名簿です」と言って閲覧させてくれた

私の名前は・・・・・むっ?無い・・・・そんなはずは・・・・無い・・・・間違いでは?私はずっと私の名前をさがし続けた

他県に紛れ込んでいるのでは?と思いズット探し続けた・・・やはり無い・・・一時間も名簿を見続けた、たかだか30か40人の合格者しかいないのだ・・・見かねた職員の方が「残念やったな、また来年がんばれ」と言ってくれて出ていくことになった

恥ずかしい話が腰が抜けた・・・とめどなく涙がでた

 

 この年は日本サッカーがフランスワールドカップの予選を戦っていた年だったカザフスタンからメンバーを外されカズが帰国させられた事と比べて、一緒に勉強した仲間たちが「カズとテルさんとどっちが悲しいかな?」と語ったそうだ・・・・

 

 また次の年も1次試験をクリアし2次試験を受けたけど不合格だった・・・次の年もダメだった

 

 こうして私の一級建築士の受験は合格を得ることなく終わってしまったのでした

 

さて、仕事仕事(^_-)-☆