先日、BS朝日さんというテレビから取材をしていただいた「口裂け女」についてだ

なぜ口裂け女でもない私が取材を受けたかというと私は2012年から2019年まで岐阜柳ケ瀬で開催された岐阜柳ケ瀬お化け屋敷恐怖の細道に関わっていたからだ、このお化け屋敷は口裂け女出現する!という唯一無二の特徴から当時は結構な話題になったのだ

そんな関係で取材していただいたのだ2025年12月25日にBS朝日で放送されるので観ていただきたい。

 

 さて本題、「口裂け女の話」をはじめよう

 

 1978年の秋だったか?当時中二の岐阜市に住まう私の廻り一つの深刻な噂が広がっていた、夜な夜なコートを着た髪の長いマスクをした女性が出没し道行く人に「ワタシ・・キレイ?」と質問してくる、そして「はいキレイです」などと返答すると、彼女はマスクを取り「これでもキレイ!」とパックリ裂けた口を見せつける・・・・・

 

 この一連の確認行為がその後にひろがる都市伝説のベースであり、私たちが最初に聞いた噂話もその程度ではあった

 

 その後に「パックリ食われる」「逃げても100m4秒で走る脚力で逃げられない」とか「ベッコウアメが好き」「整髪料のポマードが嫌い」・・・などの尾ひれがついて全国にひろまっていった、ここではっきり言おう「彼女は岐阜出身だと!」

 

 ともあれ私たちは1978年の秋から1979年の冬にかけて口裂け女に大いに恐怖したのだ!

私などは山道で熊に会いたいと願望するほどの好奇心とアメリカでイエローデビルと恐れられた柔道の技術とフィジカルを持つ男だったので廻りの恐怖する同級生ほどには感じなかったが、それでも街でコートを着た髪の長い女性を見かけると「ビクッ」としたのを記憶している

 そう同級生の大方は口裂け女に完全にビビりまくっていた・・・・当時、受験戦争などという死後がまだ生きていた頃、学習塾に「口裂け女が怖いから塾に行きたくない!」と真顔でいう子どもが続出していた、私も当時、柳ケ瀬(岐阜最大の繁華街)に遊びにいった時の帰り道にふざけて「あっ!口裂け女や!!」と脅かしたら、その子は「ギャー助けて~」と叫び泣きながらすさまじいスピードで走り去ってしまった・・・・・・

 

               恐れられ、一部では信じられていたのだ「口裂け女」

 

 そんな私たちを恐怖に落とした口裂け女だったが春になる頃には「あの人は今?」みたいな感じになり私たちは平静を取り戻し

た、しかし時間差で口裂け女の話は全国に広まっていった・・・・・不思議な感じがした、「アレは何だったのか?」私は疑問に思ったのだが、年月が流れ中二だった少年はいつしか大人になり彼女の事は忘れてしまった

 

 そして40台も半ばを過ぎたある日、私はオカルト研究家の山口敏太郎さんとであった、彼は私に

 

「口裂け女の発祥は岐阜ですよね」と私に言った

またクリプトツーリズムというYUMAやUFOやお化けを題材にした町おこしの手法がある、という話を聞き、岐阜発祥の口裂け女を軸にした街おこしは出来ないだろうか?

 

 それからぼんやりとお化け屋敷について考え始めた2011年の夏のことだったか・・・・

 

 

では続きはまた、仕事もしています(^_-)-☆