さて、柔道の話をどこまで書いたか?

 ロサンゼルスでの思い出までだ

 

 それから私たちはメキシコに飛んだ メキシコシティだ、ここも良いところだったロスよりハワイより印象はよかったな

当時はまだ発展途中という感じだったけど、なんというか太陽が近い感じで中米の陽気で開放的な雰囲気が良かった

アステカ文明か?遺跡とかピラミッドとかも見られてよかったな~またメキシコは行ってタコスとか食べてテキーラとか飲んで、飲み過ぎて酒場の客とトラブルになったりして、でも仲直りして「アミーゴ」と言ったりしたい・・・願望がある

 

 しかし柔道だ!前回のロスで生卵を飲まされてエライ目にあったが子どもは回復も早くメキシコ戦に向けて万全であった

 

 しかし、またロッキーにかぶれた監督のミーティングは恒例に開催された監督は

「今から30数年前に日本はアメリカと戦争をしたことは諸君は知っているか?私も出征した!大変な目にあった・・・(言葉に詰まる)君たちは戦争を知らない子供たちだ!だから知らないだろうが日本はアメリカに負けて、多くの日本人が亡くなり・・・町は焼かれ、家は焼かれ、食べるものもなく、近所のキレイなお姉さんは米軍相手にパンパンして食いつないでいた!!

君らは知らんだろう!?時が流れて皆が忘れても、俺は忘れん!絶対にだ!!今日は諸君頼む!!勝ってくれ!!アメリカを倒してくれ!!頼む」と完全に自分に陶酔してしまっていた・・・・しかしそばにいたコーチが「先生、今日はメキシコが相手ですよ、日本はメキシコとは戦ってないんですから・・・」と言った(確かにそうだ)しかし監督は「バカヤローそんなもん知るかー とにかく今日の試合に負けたら許さん!!絶対に許さん!!」と自らの無知が恥ずかしかったのもあってか逆切れ状態のまま部屋を出て行ってしまった

部屋に残された私たちは不安になった『どう許さんのだろう?』とこの後に起きる出来事を想像して恐くなっていた・・・

 

試合が始まったメキシコ軍は強かった、本当に強かった日本軍は次々に負けていく・・・・(私は勝った、なにせ私はロスを震撼させたイエロウデビルだ負けるはずがない)

 

 そして日本軍は全体として負けてしまった・・・・悪い予感がした・・・

 

 試合後に監督が叫んだ!「一列に並べぇ~恥知らずどもが~おめおめと負けくさりやがってぇ!」というや否や選手たちに鉄拳制裁をあびせはじめたのだ、恐ろしい男だ・・しかしふと気が付いた「なんで俺まで殴られなあかんのや?俺は勝ったんやぞ!?そうやないか」その列から逃げ出した!しかし遠くから見ても「ズカッ」と鈍い音が会場に響き渡り子どもは倒れたり泣いたり・・異様な光景が展開された

その光景にメキシコのメディアが クレイジージュウドーティーチヤー!というような題で翌日の新聞に結構大きく掲載してしまった! すぐにそのニュースは日本にも伝わり新聞に載ったという

帰国してから色んな人に「大変な目にあったな!痛かったやろ?」 と聞かれた、私は「おん、めっちやくちや痛かったわ!頭おかしいわ」と言った・・・・本当は殴られてないのだが

 

メキシコ戦のあとチームの雰囲気は最低になりました、そして監督はなぜかいなくなってしまいました

そして私たちは最終の地ハワイに向かったのでした。

 

大丈夫です仕事もしています(^_-)-☆