さて、3年経ちましたもパート④まできました

 

なぜか忘備録のようになっていますが、前の会社が倒産したあと、倒産は令和元年の8月末だったのですが、その直後に創業者である父が入院して、その年の12月1日に亡くなりました

 不思議なもので会社が無くなって父の枕元に沢山居ることが出来ました、父は意識も虚ろでまともな会話はできませんでしたが

間際の父と一緒にいられたのは幸せでした

最後が近くなると昏睡状態が多くなりました(ああ、、もうアカンのか?)という瞬間が何回もありましたがオヤジは驚異的な生命力で何度も戻ってきました

不謹慎ですが私は臨死体験に興味があったので「オヤジ、川みた?三途の川」と聞きましたが「見とらん・・」と答えました

なんか私も面白くって笑ってしまいました

あまり分かり合えない親子でしたが私はオヤジを尊敬していたし大好きでした、そんなオヤジの出身地であった岐阜県七宗町から」命名された前の会社である八創建設を不詳の息子の私は倒産させてしまいました・・・・ですがもう一度立ち上がるのなら

8の字をもらおう! 七転び八起きの精神で、もう一度、魂コガシテ!生まれ変わろう、という思いで会社名を

 

  8Bornにしました

 

 岐阜にもどって事務所も借りて仕事が始まりました、車が必要なので写真の軽バンを買いましたボロボロですエアコンも効かない、20万円でした、でもなぜかよく故障するこの車がカワイイのでBorn号(ボーン号)と呼んでいました。

 

 まだ仕事も無い状態でしたが未来があって夢があるって楽しいと思っていた令和3年の秋の頃でした。

また続けます。