・副題は、「日々の難儀な出来事と上手に付き合う」。
・「・・失敗は世の中のあらゆる場面にありますが、それらと真正面に向き合うことが、次の失敗の防止になるだけでなく、新たな創造の種を導き出すことになります。そのことを知って大いに興味を持ち、次第により深く研究するようになりました。」(p.64)
・これ以降の一連の研究を評論家の立花隆氏が、「これはもう失敗学だ」と評した。(p.65)
・2000年に、60歳の時に出版した「失敗学のすすめ」以降、その分野のパイオニアと目され、いろんな仕事が舞い込んだ。それらの経験を経て、失敗(事故)調査にあたっては、「3現による調査」、「再現実験」が重要であることがわかった。(pp.38-39)「3現」とは著者の造語だが、「現地・現物・現人」のこと。「事故が起こった場所に行き、現物を見て、その場にいた人に直接話を聞く。・・つまり、自分の五感を使って対象を直接観察する方法。「再現実験」は、文字通り失敗の再現で、・・事故時の再現で・・同じ環境を用意して事故を再現するもの。・・原因の究明や問題点の洗い出しに有効。
・その畑村氏も80代半ば。「加齢によって、自分の身に起こっている世界の収縮との戦いに明け暮れしている」そうだ。失敗学は、「この収縮に対抗する手段になり得る」、「失敗を恐れず、積極的に動くことは自分の世界の拡大につながりますが、その姿勢を持ち続けることで、老後に起こる世界の収縮に抗うことができている。」(p.8)『老いの失敗学』という朝日新書の前著をみると詳しく書いてあるそうだが・・・。
・まあ、この本をよむだけでも大枠は理解できそうだが。ご参考に章立ては、第1章 80歳を超えて感じている事、第2章 失敗は忘れたころにやってくる、 第3章 便利な暮らしの中に潜む失敗、第4章想定外の失敗まで防げるか、第5章 想定は人間の心理が反映される
・老人に対するアドバイスになり得る分析では、「良い失敗」について書いている箇所が参考になる。(pp.50-51)つまり、「良い失敗とは未知を原因とし、それを経験することがその人が成長する上で欠かせないもの。」、「悪い失敗は経験する必要のないもので、手抜きやインチキを原因とするものがこの部類に入る。」、「無理をしたときに起こる失敗は、とかく取り返しがつかない致命的なものになりがち・・・」。
・「終わりに」を読んでいたら、「もしも人生をやり直せるとしたらなにがしたかったですか」と編集者から聞かれた話が出ていた。・・勉強では「量子力学」、遊びでは「麻雀」、「囲碁」などとか。文科系の学生は、雀荘に通い詰めで遊んでいたのに、その後、出世している・・。麻雀には「勝負所」を見極める力を養ってくれる何かがあるのではないか?・・という。「麻雀」をやっていた文科系学生としては、「そんな高尚なものではないですが・・」と反論したいが、まあ、文化系は遊んでる割には出世すると理科系学生には見えるのかも。私は麻雀は、そこそこ強かったが、「徹夜マージャン」をやると明け方、猛烈に眠くなり「もう、どうでもいい」という感じで、いつも、そこで、一気に蓄積を放り出して、負けていました。「最後は、体力勝負だな!」と思ったものでした。その徹夜に強い常連の雀友もお亡くなりになった。まあ、「囲碁」だのできれば世界が広がったのかも知れない。勉強では「法学」なんて、面白かったかな?とも思うが、今更、手遅れ。・・・「語学」は、まだ多少は「のびしろ」があるかも知れないな・・なんて思って、最後の悪あがきをしている・・。
