・アルジェリアがフランスから独立するまでの「泥沼の戦い」から独立承認までのプロセスが書いてある。「文明国」とみなされているフランスも結構ひどい事もやったんだなと思わされる。入植したフランス人はじめ白人・ユダヤ人たちのフランス本土への帰還問題もあった。これは文化的なインパクトが大きかったようだ。
・旧植民地の宗主国からの「独立」は大きな流れとしては逆らえないので、やはり、多少時間がかかっても「独立」へと振り子は振れるわけだ。参考までに、主要国の動きを見ると;ベトナム(独立宣言(ベトナム民主共和国)・1945), フランスから独立合意(ジュネーブ協定)・1954, 南北統一、改称・1976年)、チュニジア・(1881-1956は、フランスの保護領フランス領チュニジア)、1956-7年は、チュニジア王国。・1957-は、大統領制へ。モロッコ・1956年、フランスから独立。エジプト・1952年、軍部の将校団がクーデターを起こし、共和国を設立。ナイジェリア・1960年にイギリスから独立、インド・1947年に英国から独立・・・なので、アルジェリアが1954-1962と独立運動が続き、フランスがやっと諦めて独立を許したのはやや例外的に長く、それだけフランスにとっては、惜しい植民地だったんだろうと思われる。
・「ヨーロッパ系コロン(ピエ・ノワール)と、同化政策によって市民権を付与されたユダヤ教徒や一部のムスリム以外の先住民は差別、抑圧されていた。1945年の第二次世界大戦終結後、アジアなどから急激に広がった民族自決の流行の中で、反仏抵抗運動が高まっていた。1952年1月に起こったフランスによるチュニジア民族運動弾圧は、植民地支配に固執するフランス人の国際的評価を下げた。また、1954年のジュネーブ協定によってフランス領インドシナ4国(南・北ベトナム含む)が正式に独立に至ったことは、フランスの全植民地・海外領土に暮らす人々を力づけるものであった。」(Wikipedia)
・「アルジェリアの公教育では、フランス側による凄惨な弾圧を証言する語り部が学校を巡回するなどして、侵略国に対する英雄的闘争を経て勝ち取った独立であることが強調されるため、反仏感情の要因になっている。」(Wikipedia)
・ピエ・ノワールで、有名な人たちは:
◎カミュ 『ペスト』や『異邦人』を記し、サルトルとも論争した実存主義文学の巨匠
◎デリダ 脱構築のポスト構造主義でフランス現代思想をリードしたユダヤ系カリスマ
◎イヴ・サン=ローラン クリスチャン・ディオールに認められた超一流デザイナー
◎アルチュセール、ジャック・アタリ等の思想家
◎エンリコ・マシアス、パトリック・ブリュエル等の歌手
◎ジャン・レノ、クラウディア・カルディナーレ等の俳優
◎ドヴィルパン、メランション等の政治家
フランス人のお爺さんが、日本の学校の制服を見て、「昔は、フランスも制服を着せていて、社会も落ち着いていた。ピエ・ノワールたちがやってきて、世の中が騒然としてきた。制服も廃止された」とか言っていた。そんな異分子との印象はあるのかな??
・テロ攻撃とかが横行したので、やはり血なまぐさいイメージはあるね。映画「アルジェの戦い」は、イタリア映画で第27回ベネチア映画祭〈1966年)で金獅子賞をとった。たまたま、パリに居たとき、上映されていたが、「爆弾でも投げ込まれるかもしれないから、見に行かない方がいいよ」とアドバイスされた。投げ込むのはもちろん「悪役」に描かれているフランス側・・だね。
・そういえば、「シェルブールの雨傘」の恋人ギーは、アルジェリア戦争に徴兵されて行ってしまう。あ、思い出した・・。
