・「あの」テルマエ・ロマエのヤマザキさんが書いた「食べ物についてのエッセイ集」。残りは明日入力しよう・・。何だか急に眠くなってきた。無気力急な気温の変化ののせいかな???

 

・えーと、続き・・。「17歳でフィレンツに留学。極貧の画学生時代に食べたピッツアの味が、今でも忘れられない・・。」ピッツアは、貧乏人の味方だろうけど、そうか、2系列あるのか?を知った。ひとつは南イタリア系の分厚い生地をまるごとかぶりつくやつ。これは南イタリア(シチリア、カラブリア、ナポリ)からアメリカに移民したイタリア人が持ち込んだもの。これは、アメリカ経由で日本にも入って来た。もう一つは、北部で食べられる薄いパリパリの生地に(気泡に焦げ目がついている)、パルマの熟成ハムとカンパニア州の水牛のモッツェレラがふんだんに盛り付けられ、見るからにグルメなやつ(これは比較的に高価)。ナイフとフォークで食べ、生地の縁は(生地と、トッピング食べて、もうすでにおなか一杯になっているので)食べ残す!らしい。

 

・マリさんがお世話になったのはもっぱら、南方系の「切り売り」のピッツア。著者は画学という「お金とは無縁」な道を選んでしまい、その後、出会った彼氏は、音楽院で作曲、大学で文学を学んだ自称詩人という・・まあ、やはり、金には無縁なタイプだ。で・・「金欠と空腹が生活のデフォルトだった。」(p.22)。

 

・「テルマエ・ロマエ」が大ヒットするまでは、結構な貧乏生活が続いたらしい。で、「気取った」イタリア料理が出てくると、「材料代は安いのよ!」と力説したくなるようだ。食べ物にからんで個性的な人々が登場する。母親・・。お嬢様だったのが趣味のバイオリンで身を立てる決意で、北海道でオーケストラの一員となる。そこで結婚し、マリさんが生まれるが、旦那さんは若くして亡くなったそうで、あとは母子家庭で大変だったらしいが・・。「暮しの手帖」の信奉者で、凝り性で・・とかエピソードが沢山でてくる。旦那のお母さん(マリさんの義母)は典型的なイタリアのオバちゃんのイメージだね・・。息子には優しく、帰省すると、自家農園の畑仕事を命じられるのはもっぱらマリさんとその息子(義母にとっては孫)。賑やかなやり取りがある感じ。

 

・イタリア人が感動した日本のもの。オバちゃんたちはデパ地下に「感動」したらしい。「次回、日本にいったら、二三日はあそこで時間をとりたい」のだそうだ。ほかに旦那の好きなもの・・・とか沢山出てくるが、まあこれからこの本を買う人の愉しみのためにこのあたりでやめておこう。