正倉院展と桂離宮だよ、串カツもだよ 第6回目
京都駅の観光案内所で間に合うかなーって言われて、エッまだ3時間以上もあるのにって思ったらね、受け付け終了は何時だろうって言いながらそれも調べてくれて4時半で終わりだって。でね、まあうまくいけば間に合うけどどうかなーって首をかしげるんだ。
ソッカー、こういう施設には入館時間に制限あるってこと、ジイタンころっと忘れていた。ジイタン達の時間はあるけど、施設の時間は無いんだって気が付いた。ああそうかー、じゃもうどこにも行けないんだってね。
ここで普通の個人旅行なら、乗車券の時間を変更してもらってさっさと帰ろうってことになるんだけど、このプランではそういう融通は効かないんだって。
仕方がない、それじゃ夕飯でも食べながら時間をつぶそうということになったんだけど、やっぱりジイタンとバアタンの意見が合わない。
ジイタンはグルメじゃない、というか味音痴なんだよね。まあ魚と肉の違いは分かるし、ビールと日本酒の違いも分かるけど、ビールなら何を飲んでも同じだし日本酒なら何を飲んでもやはり同じ。
だから一流シェフの料理でも三流の人の料理でも、素材と調理方法が同じなら同じ味にしか感じないんだよ。多少は、塩辛さの違いとか甘さの違いくらいは感じるけどね。
だけどバアタンのグルメ舌にかかると全く違うんだって。“ったくジイタンは味わって食べることができないんだから”って叱られることになるんだよね。
二人でああだこうだ言いながらあっちの料理屋さんこっちの料理屋さんと歩きまわったあげく、ジイタンが折れてね、バアタンの行きたいという、名の知れた一流料理店の京都店に入ったよ。
でもここね、下町庶民派代表のジイタンの感覚から言ったらかなりの高額だよ。10品くらいの料理が続くコース料理でね、バアタンは相好をくずしながら一品一品美味しそうに食べていた。でもジイタンは相変わらず味の良さが分からない。立派な器に上品に盛り付けてはあるけれど、味はどう考えたって料金のゼロの数字が一つも二つも少ない、街のどこにでもある、飾らないフツーのお店とどこが違うんだろうって感じだね。
まあ、そんなこんなで美味しく?食べ終わって、本屋などで時間をつぶしてから新幹線乗車だね。
来た時と同じく、与えられた指定席は無視して自由席車両の自由席でゆったりと、今しがた買ってきた本を広げ、のぞみやひかりに何本も何本も追い抜かれながら、ようやっと東京着。
ここから乗り換えの無い上野東京ラインに乗って真っすぐ、とホームに出てみたら、ほんのちょっと前の電車でそれは終了だって。仕方なく従来どおりに上野まで山手線で行って上野から高崎線乗ったんだけど、膝の痛いバアタンには階段の上り下りがちょっと可哀想だったね。
こうして真夜中の12時も過ぎた頃、無事ご帰宅、やれやれお疲れさまでした、ホント。
今回の教訓 ⇒ 時間の融通のきかない旅行会社のプランは今後願い下げのこと、と、新幹線はよくよく考えてから選ぶこと でした。
おしまい じゃまたね


