◎ ジイタンエッセイのその2だけど、エッセイっていうのなんだか場違いみたいだから「随想」にするね。意味は同じだけどニュアンスが違うから。
随想その2 時には人生ことわざで行こう![]()
「人生は歩いている影のようなもの、いっとき舞台の上でドッタンバッタンして、やがてうわさもされなくなる」シェークスピア ![]()
人生に関することわざや名言は数多い。まじめに考えてのものもあれば皮肉やブラックユーモアに属するものもある。![]()
人生なんてまじめに考えればどこまでも真面目になり悲壮になる。だがこんなに面白い道のりはないのじゃないかと考えるようにすれば、楽しさはもちろん、辛さ苦しさだって歩く道のりの変化に富んだ起伏のよう、かえって平板な平らな道のりを行くよりは愉快ではないか。![]()
「人生は、それを感ずる人には悲劇、考える人には喜劇」ラ・ブリュイエール ![]()
ということかもしれない。もっとも喜劇というのは、単に面白いという意味だけではなく、少々皮肉にとらえ、斜にかまえてフフンといったような意味もあるようだから、そう考えると人生ますます愉快になるというものだろう。![]()
苦虫かみつぶして生きるのも人生なら、笑いころげて生きるのも人生だ。同じ人生なら楽しく笑いながら生きた方が良いに決まっている。![]()
「心が楽しければ一日歩き続けてもあきないが、心に憂いがあればわずか一マイル歩くのもうとましい」シェークスピア ![]()
確かにそうだろう。そうだろうとはわかっているが、そうとわかっていても辛いことがあれば心はかげり、悲しいことがあれば雨も降る。![]()
だが辛いことを辛いとして考え込めばなお辛さは増す。悲しさだって同じだ。そんな時、少しは人生を経験した方なら動き回り仕事に励み、多くの人と語らえば知らず知らずに気もまぎれ、あるいは解決のヒントも飛び込んでくることを知っている。それに![]()
「人生は学校、そこでは幸せより不幸せの方が良い先生になってくれる」フリーチェ![]()
そういうものだろう。もっともこのように達観できるのは、ある程度の年齢に達した者か、さもなくば不幸せや涙を流す事がらが去ってからであろう。経験の浅い若者や不幸せの真っただ中にいると思う者は、なかなかこんな心境にはなれないかもしれない。![]()