天壌無窮 皇孫養正
戦国時代に浜松市北部(旧・引佐町)で女当主となった(今年の大河ドラマの主人公)井伊直虎は、井伊直政を徳川家康に仕えさせ、井伊家存亡の危機を乗り越えた。井伊直政は徳川四天王といわれるほどに活躍し井伊家は徳川の重臣となったが、井伊家には「天皇と徳川が戦うことになったら天皇に仕えよ」という決め事があったという説があり、事実戊辰戦争時、彦根藩井伊家は勤皇を表明し官軍に加わっている。井伊家は徳川を裏切ったのではなく詔承必勤、聖徳太子十七条憲法第三条「詔を承りては必ず謹め」を実践したのであり、日本人として当然の選択をしたといえる。
昨年の今上陛下の「お言葉」をうけた形で有識者会議が開かれているが、これは「生前退位」の手順を決める為の会議などではなく、「天皇の公務の負担軽減等に関する」会議である。ならば皇室典範の改定を議論せず、陛下に公務(国事行為)を押し付けている「日本国憲法」の改定(改憲・廃憲)をこそ議論するべきである。
現在では皇室典範は法律に格下げされてしまったが、嘗ては(正しくは)憲法と並ぶものであり、改正について大日本帝国憲法では第七四条「皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス」とあり、(旧)皇室典範第六二条には「(略)皇族会議及枢密顧問ニ諮詢シテ之ヲ勅定スヘシ」とある。現皇室典範での皇室会議は議員十人のうち皇族は二人。議長は総理大臣がなるが、旧皇室典範の皇族会議は「成年以上皇族男子ヲ以テ組織」(第五五条)され「天皇ハ皇族会議ニ親臨シ又ハ皇族中ノ一員ニ命シテ議長タラシム」(第五六条)というまさに皇族方による会議であり、つまり皇室典範の改定は臣下(国民)が出来ることではない。
総理大臣や有識者は皇族ではなく臣下である。臣下としての分を弁えず、押し付けられた「日本国憲法」と現皇室典範を基にした改定論議は「戦後レジーム」の保守であり、詔承必勤の国是・国体に反する亡国の為の議論である。
戦国時代に浜松市北部(旧・引佐町)で女当主となった(今年の大河ドラマの主人公)井伊直虎は、井伊直政を徳川家康に仕えさせ、井伊家存亡の危機を乗り越えた。井伊直政は徳川四天王といわれるほどに活躍し井伊家は徳川の重臣となったが、井伊家には「天皇と徳川が戦うことになったら天皇に仕えよ」という決め事があったという説があり、事実戊辰戦争時、彦根藩井伊家は勤皇を表明し官軍に加わっている。井伊家は徳川を裏切ったのではなく詔承必勤、聖徳太子十七条憲法第三条「詔を承りては必ず謹め」を実践したのであり、日本人として当然の選択をしたといえる。
昨年の今上陛下の「お言葉」をうけた形で有識者会議が開かれているが、これは「生前退位」の手順を決める為の会議などではなく、「天皇の公務の負担軽減等に関する」会議である。ならば皇室典範の改定を議論せず、陛下に公務(国事行為)を押し付けている「日本国憲法」の改定(改憲・廃憲)をこそ議論するべきである。
現在では皇室典範は法律に格下げされてしまったが、嘗ては(正しくは)憲法と並ぶものであり、改正について大日本帝国憲法では第七四条「皇室典範ノ改正ハ帝国議会ノ議ヲ経ルヲ要セス」とあり、(旧)皇室典範第六二条には「(略)皇族会議及枢密顧問ニ諮詢シテ之ヲ勅定スヘシ」とある。現皇室典範での皇室会議は議員十人のうち皇族は二人。議長は総理大臣がなるが、旧皇室典範の皇族会議は「成年以上皇族男子ヲ以テ組織」(第五五条)され「天皇ハ皇族会議ニ親臨シ又ハ皇族中ノ一員ニ命シテ議長タラシム」(第五六条)というまさに皇族方による会議であり、つまり皇室典範の改定は臣下(国民)が出来ることではない。
総理大臣や有識者は皇族ではなく臣下である。臣下としての分を弁えず、押し付けられた「日本国憲法」と現皇室典範を基にした改定論議は「戦後レジーム」の保守であり、詔承必勤の国是・国体に反する亡国の為の議論である。