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☆ sweet home ☆

大好きなsweet&簡単で美味しいお家ごはんを載せてます。
そのほかに、音楽情報など盛りだくさんでよろしくで~す♪
脱原発など日々、感じたことも載せています。

 

 

まず、超国宝展に関連している石上神宮からご紹介しますニコニコ

 

 

【格の高い神々を祀る石上神宮】

主祭神をわかりやすく解説&龍神との関係を深掘り

2023/07/03


 

天理駅から車タクシーで石上神宮へ~♪ 

駅に巨大なトランポリン? 古墳の形とか~~

石上神宮

大鳥居

万葉歌碑

 

 

 柿本人麻呂の、自分を思う妻への感謝の気持ちを込めた歌です。

娘子らが袖を振る、布留の山とかけており、「袖」までが「布留」を、

上3句が「久しき」を導く二重の序詞になっています。「布留」はいま

奈良県天理市布留町で、石上(いそのかみ)神社の周辺。「瑞垣」の

「瑞」は聖なるものを讃えたことばで、ここは石上神社の神域を囲む垣。

「久しき時ゆ」の「ゆ」は、起点・経由点を示す格助詞。「思ひき」の

「き」は、過去を表す助詞。冒頭の「娘子ら」は、あるいはこの石上

神社に奉仕する巫女たちのことかもしれません。当時の衣の袖は指先

が隠れるほどに長い筒袖で、袖を振るのは魂を招く呪術的な行為と

されていました。

 

 

 

 

神杉

 

 

鏡池

 

ワタカ目

 

 

 

 

 

 

 

取水所

楼門

 

 

長生殿

階段を昇って天神社からお参り

 

七座社

 

出雲建雄神社&猿田彦神社

 

 

楼門

百合の花

拝殿

 

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釣灯籠11

奥が本殿

 

その禁足地に限りなく近づける特別参拝が92123日に

実施されることになった。一般の参拝は、明治以降では

初めてという。

 

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知りませんでした驚き  行きたかったですね~~

2&2&4&9&2&1&2&3=8&12&5=25・・・2&5=7 七支刀にちなんで?

 

 

本 殿

神剣「韴霊(ふつのみたま)」

神剣「韴霊」が顕現された地点は本殿と拝殿との間で、現在

大きな石を置いて標示してあります。11月22日に鎮魂祭に

先立って斎行しています。

 

禁足地(きんそくち)

拝殿後方の、「布留社」と刻字した剣先状の石製瑞垣(みずがき)

が取り囲む、東西44.5m、南北29.5m、面積約1300平方mの地を

「禁足地」といい、当神宮の神域の中でも最も神聖な霊域として

畏敬(いけい)されています。

 

神庫(ほくら)

 

当神宮の御神宝の中でも殊に有名な七支刀(しちしとう)や

鉄盾(てつたて)は、この神庫に収蔵されてきた伝世品で、

現在ではほかの主な御神宝と共に、昭和55年に完成した宝物

収蔵庫(ほうもつしゅうぞうこ)に奉安してあります。

 

石上神宮[いそのかみじんぐう]公式サイト

石上神宮

境内MAP【石上神宮の歩き方】TOP|石上神宮[いそのかみじんぐう]公式サイト|奈良県天理市

 

大和屈指の古社。古代豪族物部氏の総氏神で、大和朝廷の武器庫

だったとの記録もある。御祭神の布都御魂大神は神剣・韴霊に

宿られる霊威。神武天皇がこの神剣によって、東征の際に悩まさ

れた邪神を平らげたと伝えられている。かつては本殿をもたず、

地中深く埋められた神剣と神宝を祀っていた。明治初期になって

拝殿奥の禁足地の発掘を行ったところ、神剣韴霊をはじめ数々の

大刀や鏡、玉類などが出土した。国宝の拝殿は神社建築としては

最古のもので白河天皇の御代に宮中から神嘉殿を移築したものと

伝えられている。楼門前石段上に建つ摂社出雲建雄神社の拝殿も

国宝である。

 

 

禁足地出土品

絵馬

 

 

 

 

 

「ふるべ ゆらゆらと ふるべ」

「布留の言」は「ひふみの祓詞/祝詞」でもあります。

 

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「ふるべ ゆらゆらと ふるべ」=8&10&8=26・・・2&6=8

ひふみ=123・・・1&2&3=6

 

 

 

000社の神社の中で「神宮」と名の付くのは24社

だそうです。明治時代に、「神宮」という社名が勅許の下に

許可されたそうです。

 

 


当神宮は、日本最古の神社の一つで、武門の棟梁たる物部氏

の総氏神として古代信仰の中でも特に異彩を放ち、健康長寿

・病気平癒・除災招福・百事成就の守護神として信仰されて

きました。 
禁足地は現在も「布留社」と刻まれた剣先状石瑞垣で囲まれ、

昔の佇まいを残しています。

回廊

古い記録には、宝永4年(1707)10月の南海・東海大地震で

倒壊したと記されています。

当神宮の鏡池のワタカは、大正3年に内山永久寺跡の本堂池

から移したもので、この時に東大寺中門前の鏡池にも移されています。

 

 

 

 

 

七支刀、その不思議な形の理由は 唯一無二の神剣、日本書紀にも登場

2025年5月3日 13時00分

七支刀 に対する画像結果

国宝「七支刀」(奈良・石上神宮蔵) 通期展示

奈良国立博物館で開催中の特別展「超 国宝―祈りのかがやき―」

(朝日新聞社など主催)。112件もの国宝(指定予定を含む)が

一堂に会する中で、ひときわ高い人気を誇るのが奈良・石上

(いそのかみ)神宮の七支刀(通期展示)だ。この不思議な形の

「刀」はなぜ作られ、どのように伝わってきたのだろうか。

「六叉鉾」として伝来

 剣身の両脇から、にょっきりと。交互に生えた6本の枝刃は

とても実用的とは思えないけれど、表裏に刻まれた金の銘文を

読めばその異形ぶりに納得がいく。七支刀は古代アジア古代

交流を物語る、唯一無二のアイテムだ。

 石上神宮に「六叉鉾(ろくさのほこ)」として伝来した。

刀とはあるが、片刃ではなく両刃なので、剣という方がふさ

わしいだろう。

 一見して非実用品だが、では、その目的は権力を誇示する

装飾なのか、聖なる宝器なのか。それとも祭祀(さいし)で

使う宗教的な意味が込められているのか。答えは剣身の表裏

に刻まれた60字余の金象眼文字にある。

 

 

 

 

七支刀

 

 

 

 

七支刀(しちしとう) [ 国宝 ]

鉄製で、身の左右に各3本の枝刃を段違いに造り出した特異な

形をした剣です。全長74.8センチで、下から約3分の1のところ

で折損しています。
剣身の棟には表裏合わせて60余字の銘文が金象嵌で表わされて

おり、その解読が明治以降続けられ、現在では大体次の様に

解釈されています。 

(表面) 泰□四年(□□)月十六日丙午正陽造百練釦七支刀

□辟百兵供供侯王□□□□作
 

この七支刀は『日本書紀』に神功皇后摂政52年に百済から

献上されたとみえる「七枝刀(ななつさやのたち)」にあた

ると推測されており、前述の推定に誤りがなければ、この

七支刀の銘文は『日本書紀』の紀年を訂正し、その伝承を

裏付けることになります。しかも、この銘文は、我が国

古代史上の絶対年代を明確にする最古の史料なのです。

 

 

 

 

中国・韓国とのゆかり探訪

 

 

 

 

 

 

御朱印帳

 

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ちなみに、4月18日は天理教祖誕生日だそうです~~

行きの車からカメラ撮りました~~

 

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2&2&7=11

 

山の辺の道の入り口

 

神宝の行方に絡む石上神宮のレイライン