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日中友好議連 新しいパンダの貸与要請に中国外務省

「共にパンダを守ることを歓迎」(2025年4月29日)

 

 

 

岩屋外務大臣は中国LOVE

 

 

 

 

上野動物園のパンダは中国から借りる契約をしており、その

レンタル料は期間10年間で年間95万ドル(約1億3千

8百万円)と、費用の高さも話題にのぼった。

アドベンチャーワールドは私営の施設であるため、レンタル

料は公表していない。 

 

訪中した日中友好議連の森山会長が、中国政府に新たなパンダ

の貸与を要望しました!

レンタル料金が爆上げとなるか、気になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼロパンダ」の日

 アドベンチャーワールドにパンダが初めて本格的に

貸与されたのは1994年のこと。計3頭が貸与され、

そこから17頭が誕生し、日本最大の繁殖地となってきた。

現在は、「良浜(らうひん)」「結浜(ゆいひん)」「彩浜

(さいひん)」「楓浜(ふうひん)」の4頭がいるが、これ

ら全てがこの6月末、中国に返還されることになった。

この後、日本にいるパンダは東京・上野動物園で飼育

される「シャオシャオ(暁暁)」「レイレイ(蕾蕾)」の

2頭のみとなる。しかも、それも来年2月で貸与期限が

切れるというから、いよいよ日本に“ゼロパンダ”の日が

訪れそうである。

 

アドベンチャーワールドにパンダが初めて本格的に貸与

されたのは1994年のこと。

<本年8月、日中双方で現在進行中のジャイアントパンダ

保護共同プロジェクトの契約期間が満了となり、日中

双方で協議を行った結果、4頭のジャイアントパンダの

負担のないように比較的気温の涼しい6月に帰国する

ことになりました〉

 

上野動物園の場合、1972年に「カンカン(康康)」と

「ランラン(蘭蘭)」が来日し、大きなブームを巻き起こ

した。これらは中国からの「贈呈」である。

2頭は高齢のため、昨年中国に帰国したが、その子どもたち

4頭のうち2頭がまだ上野にいる。その契約期限が来年2月

というわけだ。

 

王子動物園の場合は、2000年に震災復興のシンボルとして

「タンタン(旦旦)」「コウコウ(興興)」が貸与された。

保護資金は一頭当たり年間25万米ドル。今の為替相場で

約3600万円である。こちらも10年の貸与契約。

 

 

「返還の発表があった晩に、ある自民党の元大臣から連絡

があり、GWに日中議員連盟が訪中を予定している。森山

(裕)幹事長(会長)や小渕(優子・事務局長)さんも

行く予定だから、その際に、契約延長をお願いしてもらおう

か、との話がありました。ただ、アドベンの社長に聞いた

ところ、“政治的な動きはやめてほしい”とのことだったので、

それも結局、なしになったのです」

 

和歌山と中国と言えば、思い浮かぶのは自民党の二階俊博・

元幹事長。和歌山選出で、運輸大臣、経産大臣、総務会長

など政府や党の要職を歴任した実力者は、政界随一とも

言われる中国とのパイプを築いたことでも有名だ。

 

2012年の「週刊文春」(7月19日号)でこの件について聞か

れた際は、こう答えている。 「とにかく和歌山にパンダを、

という地元の期待が大きかったですからね。最初はとにかく

交渉が難しくて、パンダとは何と厄介なものかと思いました(笑)。

でも当時の田村元さん、渡部恒三さん、熊谷弘さんと三人の

通産大臣に非常に協力して頂いて、(パンダ誘致を)実現

することができたんです」  その実力者が昨年の総選挙で

政界を引退。その影響はあったのか。

 

新たな雄を求めて、昨年、当時の岸本周平・和歌山県知事が

訪中した際に、中国側に貸与を依頼した。その場にはアドベ

ンチャーワールドの社長も同席。しかし、岸本知事は帰国後、

記者会見でこう語っている。

 「大変、大きな外交案件になるのではないかという印象を

受けました。日本政府と中国政府の間で、さらに上の段階で

交渉いただくような案件」

 

「もちろんパンダがいなくなるのは大きい。それを見据え、

これまでの“パンダ依存”を見直し、“ポストパンダ”の目玉と

して何がアピールできるのか。今回の件を機に、観光の町

・白浜の再生をより一層図っていきたいと思います」 

 

デイリー新潮編集部

 

 

 

 

和歌山県白浜町のアドベンチャーワールドにオスの

ジャイアントパンダ「永明(えいめい)」がやって

きたのは31年前の1994年でした。

以降日中共同の繁殖研究プロジェクトが進められ、

2000年にメスの「良浜」が生まれたのを最初に、

2020年にメスの「楓浜」が生まれるまで、あわせて

17頭が誕生しました。

白浜生まれのパンダは地名にちなんで名前に「浜」

が使われたことから、「浜家」と呼ばれ、親しまれる

ようになりました。

 

 

 

 

アドベンチャーワールド(和歌山)

1994月6日 オス永明」 1頭~25月 頭返還

 

 

1&9&9&4&9&2&2&5&6=32&15=47・・・4&7=11

 

 

UENO ZOOLOGICAL GARDENS

上野動物園
1972年10月 2頭~

オスのカンカン(康康)とメスのランラン(蘭蘭) 2頭

2026年 2月20日まで

シャオシャオ(暁暁)とレイレイ(蕾蕾) 2頭

 

 

 

 

 

そこで中国は、前述の1994年の白浜町「アドベンチャーワールド」

のケースから、「共同研究のための貸与」とした。貸与機関は10年、

各国は毎年100万ドルの「賃貸料」を中国側に支払う。パンダが

途中で死ねば、遺体も中国に返還する。もし子供が生まれたら、

子供の「賃貸料」は毎年60万ドルで、満2歳になった時点で中国に

返還する。これらを基本条件としたのだ。

 

「日本は6月22日に、通常国会が閉会するだろう。国会が閉会したら

石破茂首相には、関税で日本を苦しめるトランプのアメリカばかり

見ていないで、ぜひ北京を訪問してもらいたい。そうしたら、

パンダの件も考えよう」 

 つまり、パンダを手土産に日米離開を図ろうというわけだ。 

 7月20日に参議院選挙を控えた石破首相は、この誘いに乗るの

ではないか。「パンダ外交」で選挙の票を稼ぎたいからだ。 

 たかがパンダ、されどパンダ。「パンダ外交」恐るべしである。

 

 

 

 

 

 

685年から1982年までは贈り物としてパンダは送られていたが、

それ以降は「レンタルパンダ」となった。当時中国の最高指導者

であった鄧小平が、贈与ではなく貸与とする方針に切り替えたのである。

 

 

6&8&5&1&9&8&2=18&20=38・・・3&8=11

 

 

 

それでは、中国によるパンダ外交の始まりはいつだったのか。

中国の学者の研究によれば、日本の皇室の資料に、西暦685年

中国唯一の女帝である唐の則天武后が日本の天武天皇に“白熊”

2頭とその毛皮70枚を送ったのという記載があるという。

従来の解釈では“白熊”は北極の白熊であると考えられていた

ようだが、唐が遠く離れた北極の白熊を贈るというのには

無理があり、この“白熊”がパンダだったというのである。
 

中文
据日本《皇家年鑑》記載、公元658年10月22日、唐朝女皇武則天

一対活体白熊(大熊猫)和70張皮張作為国礼、送給日本天武天皇
てけとー訳
日本の『皇家年鑑』の記録によれば、西暦658年10月22日唐王朝

の女帝である則天武后がひとつがいの生きた白熊(パンダ)と獣皮

七十枚を国礼として、日本の天武天皇に贈っています。
(中略)
天武天皇の在位は西暦673(672)年から686年、武則天則天武后)の

在位は690年-705年で、658年にはどちらもかぶらないよ。

658年に即位していた日本の天皇重祚した皇極天皇である斉明天皇

で、唐の皇帝は高宗だ。
もしかして、西暦685年の間違いかな? それならば双方の在位に

いちおうかぶる。

 

残念な結論だけど、パンダは飛鳥時代の日本に来ていなかったようだ