蓮が見頃だそうで、7月の暑い日に行って来ました![]()
こちらの公園は大賀博士が古代蓮を種から咲かせた大賀蓮が
有名なのですが、行く時期が遅かったせいか、大賀蓮の花は
もう咲き終わっていました![]()
(Wiki)
大賀博士の言葉から
1960年頃、講演でこんなことを語っている。
「ハスの花は日の出前に開きます。古来、花が開くときには
音がするということが言われてきました。正岡子規の俳句
にもありますが、本当にそうなのか、疑問に思っていました。
そこで、日本放送協会の職員にお願いして、マイクで録音し、
分析してもらったところ、ハスの花の音はなく、池にいる鯉
などの魚や波の音などしか録音されていませんでした」[要出典]。
ぎょうあん
暁闇を弾いて蓮の白さかな 芥川龍之介
蓮開く音聞く人か朝まだき 正岡子規
静けき朝音たてて白き蓮華のさくきぬ 石川啄木
大賀博士

37嘉祥蓮
36大賀蓮
咲き終わっていたため、画像お借りしました~

池の中に蓮華あり、大きさ車輪の如し
(阿弥陀経)
蓮華の五徳とは
1 淤泥不染の徳(おでいふぜんのとく)
2 一茎一花の徳(いっけいいっかのとく)
3 花果同時の徳(かかどうじのとく)
4 一花多果の徳(いっかたかのとく)
5 中虚外直の徳(ちゅうこげちょくのとく)
暁闇を弾いて蓮の白さかな 芥川龍之介
東の空が明るみ、太陽が昇りはじめると、 蓮は、朝の静寂(しじま)
に息を合わせるかのように静かに花弁を開き、神々しいほどの美しさ
を見せます。
早朝に開いた蓮の花弁は、午後には閉じてしまいます。それを三日間
繰り返した後、四日目の昼には花弁の全てが散り、中央の花托を残す
のみとなります。
蓮は花托が蜂の巣に似ていることから、古くは「ハチス」と呼ばれ、
万葉集ではこの名が多く使われています。インド原産で、中国から
仏教とともに、日本に伝来したと伝わります。
仏教では、泥水の中から生まれて浄らかな花を咲かす蓮を、貪(むさぼり)
・瞋(いかり)・痴(おろかさ)がはびこる人の世の穢れに染まらず、
さとりを開かれたお釈迦さまの智慧と慈悲の象徴であると説きます。
ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、
独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中
に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、その
まん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、
絶間なくあたりへ溢れて居ります。極楽は丁度朝なので
ございましょう。
やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の
面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子を御覧に
なりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当って
居りますから、水晶のような水を透き徹して、三途の河や
針の山の景色が、丁度覗き眼鏡を見るように、はっきりと
見えるのでございます。
御釈迦様は極楽の蓮池のふちに立って、この一部始終を
じっと見ていらっしゃいましたが、やがて
陀多が血の池
の底へ石のように沈んでしまいますと、悲しそうな御顔を
なさりながら、またぶらぶら御歩きになり始めました。
自分ばかり地獄からぬけ出そうとする、
陀多の無慈悲な
心が、そうしてその心相当な罰をうけて、元の地獄へ落ちて
しまったのが、御釈迦様の御目から見ると、浅間しく思召
されたのでございましょう。
しかし極楽の蓮池の蓮は、少しもそんな事には頓着致
しません。その玉のような白い花は、御釈迦様の御足の
まわりに、ゆらゆら萼を動かして、そのまん中にある金色
の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあたりへ
溢れて居ります。極楽ももう午に近くなったのでございましょう。
蜘(14)蛛(12)の糸(6)=33(11×3)
(12)陀(7)多(6)=25
地(6)獄(14)=20
三(3)途(9)の河(8)&針(10)の山(3)=21&14=35
25&20&35=80
御(12)釈(11)迦(8)様(14)=45
蓮(12)池(6)&極(12)楽(13)=18&25=43
45&43=88
わが家の必須アイテムのレンゲ![]()
(Wiki)
散蓮華の表(上)、裏
大きさも形も、蓮の花びらによく似ている




























Photo byalij20162016
