西向くサムライ/「芒種」 | ☆ sweet home ☆

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【歴史豆知識】太陰暦と太陽暦の違いは?ー暦の歴史

13:02 日本における暦の歴史

 

 

暦は中国から朝鮮半島を通じて日本に伝わりました。大和朝廷

は百済(くだら)から暦を作成するための暦法や天文地理を

学ぶために僧を招き、飛鳥時代の推古12年(604)に日本最初

の暦が作られたと伝えられています。

 

暦は朝廷が制定し、大化の改新(645)で定められた律令制では、

中務省(なかつかさしょう)に属する陰陽寮(おんみょうりょう)

がその任務にあたっていました。

(江戸時代)

西洋の天文学を取り入れ、より精密な太陰太陽暦が作成されました。

 

明治維新(1868)によって樹立された明治政府は、西洋の制度を

導入して近代化を進めました。その中で、暦についても欧米との

統一をはかり、明治5年(1872)11月、太陽暦(グレゴリオ暦)

への改暦を発表しました。これによって明治6年(1873)から、

太陰太陽暦に替わり現在使われている太陽暦が採用されたのです。

準備期間がほとんどなく、本来ならば明治5123日が、新しい

暦では明治611日になってしまったので国内は混乱しましたが、

福沢諭吉などの学者は合理的な太陽暦を支持し、普及させるため

の書物を著しています。

改暦最初の太陽暦。

神武天皇の即位から年を数える皇紀(明治6年は紀元2533年)が

入り、上欄には歴代天皇の祭典等が記載されている。

 

 

6&4&5&1&8&7&3=15&19=34

5&1&1&6=13

5&1&2&3&6&1&1=11&8=19

13&19=32

34&32=66

2533-1873=660

2024+660=2684・・・2&6&8&4=20(1 1)

2024年(令和年)は皇紀2684年

 


 

 

山あいに広がる水田で田植えする農家=総社市新本

山あいに広がる水田で田植えする農家=総社市新本

小雨が降る中、田植え作業に励む農家=総社市新本

小雨が降る中、田植え作業に励む農家=総社市新本

日は、イネや麦など穀物の種をまく時季とされる二十四節気

の一つ「芒種(ぼうしゅ)」。岡山県内は気圧の谷や湿った

空気の影響で各地で曇り空が広がり、雨がぱらつく所もあった。
 

 

二十四&一=25

6&25=33(11×3)

 

 

 

「芒種」は「ぼうしゅ」と読みます。芒種とは、米や麦など

穂の出る穀物の種をまく時期という意味で、とくに米を指し

ています。日本では水田に直接種をまかず、苗代で育てて

から田植えをする方法を受け継いできました。米は寒冷に

弱い性質をもっていたため、この時期に種をまいていました。

品種改良の進んだ現在は、もっと早く行われています。
 
田植えをするまでに育った苗は、「早苗」「若苗」「玉苗」

などと呼ばれます。「玉」という美称をつけるほど愛しんで

いたのですね。

芒種の「芒」は、稲穂や麦穂などイネ科の植物の穂先にある

細い毛のような部分を指します。「芒」は訓読みで「のぎ」

と読み、漢字の禾(のぎ)偏と同じ意味です。 
 

 

2023年の芒種は、66日から6月20日です。毎年66日頃

6月20日頃にあたりますが、日付が固定されているわけでは

ありません。二十四節気は季節の移り変わりを知るために、

一年を約15日間ごとに24に分けたものですが、太陽の動きに

合わせて一年を24等分して決めるので一定ではなく、1日程度

前後することがあるからです。

そのため、芒種といっても、芒種に入る日を指す場合と、芒種

(二十四節気の第9)から夏至(二十四節気の第10)までの

約15日間をいう場合があります。

二十四節気では、芒種の前は万物が次第に成長し天地に満ち

始める「小満」、芒種の次は一年で最も昼が長い「夏至」と

なります。

 

~芒種前後の二十四節気の移り変わり~
 小満 → 芒種 → 夏至

 

梅雨のシーズン。実際の梅雨入りは気象庁によって発表されますが、

農作業をするうえで梅雨を知るのは重要なので、暦には611日頃

に「入梅」という雑節があり、梅雨入りの目安としてきました。

 

 

(6)(14)=20(1 1)

入(2)梅(10)=12

6&1&1&12=20(1 1)

農(13)業(13)=26(13 13)・・・2&6=8

 

 

入梅は、元々は二十四節気の「芒種」が過ぎてから最初に訪れる壬

(みずのえ)の日とされていましたが、現在は太陽黄経が80度に

なる日を入梅としています。

 

二十四節気は、太陽の見かけ上の通り道(黄道)を24等分にし、

それぞれの角度に入る時に季節に合わせた名称を付けた物です。

 

太陽黄経によって季節をよりわかりやすくしたものが二十四節気

なのですが、発祥が中国のため、日本の気候とはそもそも合わない

部分も多くあります。

それに対し、雑節は日本独自の気候に合わせて考えられたものと

なっているので、二十四節気を補う形でより季節感を正確に掴む

ために用いられてきました。

 

中でも、梅雨がいつくらいに始まるのかは、農業に従事している人

にとってはとても重要な情報と言えるため、雑節の入梅によって

おおよその目安を知ることで、種まきや田植えの時期を見極めて

いたと言われています。

 

入梅が梅雨入りを表す言葉であれば、梅雨入りと意味は同じという

ことになりますよね。

しかしこの2つは、似て非なるものとして考えられています。

その理由は、入梅はあくまでも雑節において、梅雨入りが予想され

る日(この日辺りから梅雨になるだろうと考えられる日)を、

太陽黄経より導き出したもの。

一方の梅雨入りは、気象庁が気象データに基づいて発表するものです。

 

 

太(4)陽(11)黄(11)経(11)=37
37&8=45

入(2)梅(10)=12

壬(4)日(4)=8

12&8=20(1 1)

梅(10)雨(8)入(2)り(2)=20(1 1)

45&20=65・・・6&5=11

 

 

年月日 時刻 天体 現象 基準 備考
2023/06/11 12:46 太陽 雑節   入梅(黄経80°)
 
2&2&3&6&1&1&1&2&4&6=15&13=28
太(4)陽(11)=15
入(2)梅(10)=12
28&15&12=55(11×5)