札幌&小樽のヨンハ足跡巡り③ | ☆ sweet home ☆

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大好きなsweet&簡単で美味しいお家ごはんを載せてます。
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脱原発など日々、感じたことも載せています。

 

札幌は晴れていたのですが、小樽近くになると、吹雪雪の結晶

小樽築港駅下車。そこからタクシーで、銀鱗荘へ~

パク・ヨンハ一緒旅の撮影場所ですラブラブ

 

 

 

銀鱗荘(ぎんりんそう)

北海道小樽市にある料亭温泉旅館

日本唯一の宿泊可能な鰊御殿である。

鰊漁で財を成した猪俣安之丞の邸宅として建設された鰊御殿

を活用した料亭、温泉旅館である。鰊御殿である本館は、

「旧猪俣邸」として小樽市指定歴史的建造物に指定されている。

1900年(明治33年)、猪俣安之丞の邸宅として余市町に建設された。

建材としてクリタモトドマツハリギリを用い、3年の歳月を

かけて建設されるなど、贅の限りを尽くした建築となっている。

1938(昭和13年)、東小樽の都市計画の一環として現在地に

移築され、翌年の1939、旅館として開業。当時の北海道庁

長官であった石黒英彦により、「銀鱗荘」と命名された。

1989(平成元年)、鉄筋コンクリート構造3階建て部分を増築。

所在地 〒047-0156
北海道小樽市桜1丁目1番地
開業 1939年(昭和14年)
階数 1 - 5階
レストラン数 1軒
部屋数 18室
駐車場 30台

 

1+9+3+1+9+3+8+1+9+3+9=10+3+21+22=56

3+3+1+3=10

56+10=66

1+9+8+9+3=30

6+6+3=15=・・・1+5=6

4+7+1+5+6=11+12=23&1+1=2・・・2+3+2=7

 

 

 

こんなコースがあったのですね(^^;)

日帰り

ランチコース+日帰り入浴セット〈 完全予約制 〉
3,980

電話番号 0134-54-7010

https://www.ginrinsou.com/dayplan/

 

1+3+4+5+4=17&7+1=8・・・1+7+8=16(8 8)・・・1+6=7

 

 

見学不可ということで、予約した隣のグリル銀鱗荘でランチナイフとフォーク

 

北前船

 

かぼちゃのスープ

ほっき貝のサラダ

ステーキ

デザート

コーヒー

ほっき貝、なかなか食する機会がありませんが、

とても美味しかったですニコニコ

 

 

猪俣安之丞邸
(現銀鱗荘)

住所 桜1-1-13

 小樽の港を一望する平磯岬の高台に、どっしりとした構え

で建っている銀鱗荘の建物は、余市で事業家として成功した

猪俣安之丞により、現在は観光旅館として利用されているが、

冬期は休業となる。
 明治33年(1900年)に、3年の歳月をかけ余市に建てられ、

昭和13年にここに移築された。
 余市随一の大邸宅だったこの建物は、木造平屋一部2階

建ての大規模な中に、華麗さを見せる建物だ。
 屋根中央には、シンボルとなっている望楼があり、両端に

鯱が据えられているが、これは移築後のもの。

他の市から、移築されて建っている建物としては、祝津の

鰊御殿と双璧をなす。

https://www.otaru-journal.com/prologue/tatemono/page81.htm

 

 

余市町でおこったこんな話「その173 猪俣家の足跡」

https://www.town.yoichi.hokkaido.jp/machi/yoichistory/2019/sono173.html

 

 

1日目の<北海道博物館>の展示から

 

 

栄華を極めた幻の魚、ニシンの復活

1897年、北海道において97万トンの漁獲量をピークに次第に減少し、

1950年代後半には幻の魚と呼ばれるまでになったニシン。ニシン漁

は明治時代、小樽の経済基盤を築いたと言われるほど大規模な

産業で、人を集め、町を栄えさせた歴史を持ちます。

また、全盛期(明治時代)に建築された「にしん御殿(旧 青山別邸)」

は現在も小樽市に残り、その贅を尽くした建築は国の登録有形文化

財にも指定されています。

 幻の魚となる直前の1953年でさえ、石狩振興局管内における漁獲
の87%はニシンが占め、後の劇的な漁獲量の減少は人々の生活に
甚大な影響を与えました。そのため地域では漁業の再繁栄が強く
望まれ、1996年、石狩振興局はニシンの資源増大対策の一環として、
16万尾の稚魚放流を実施しました。
これを筆頭に、現在では北海道内の各地区で年間200万尾以上の
稚魚が放流されています。
 こうした努力が実り、近年は約半世紀以来の群来(ニシンが大群で
産卵することによって、雄の精子で海が白く濁る現象)。しかし、年に
よる水揚量の変動はまだ大きく、漁師は資源を枯渇させた歴史を繰り
返さないため、漁獲規制による資源保護にも力を注いでいます。
毎年「おたる祝津にしん群来祭り」を開催しています。平成27年の開催
66日、7日の2日間。当日はニシン焼きの無料提供の他、海産物
の即売会なども行われますので、この機会にぜひ味わってください。
http://www.pride-fish.jp/JPF/pref/detail.php?pk=1427694873

 

2+7=9

6+6+7+2=21

9+2+1=12(6 6)

 

むかしの祝津

小樽は歴史を有する「印」(しるし)が多くあり、商店や石造りの建造物

や道具類に、または半纏などに「印」を付けて広告を兼ねて判別に

用いていたようです。
漁師の人たちは自分の道具類、特に網には「アバ」と呼ばれる木板の

浮きを付け、それに「印」を焼き印して、網が解けて流されて不明に

なっても、何処の誰の所有であるかわかるようにしていたそうです。

また「印」は作業場や船、鰊を背負うモッコなどにもつけられていました。

今でも祝津町内を歩くと古い石造倉庫の外壁の上部に、印をついて

いるのを見つけることができます。中には長い間に、風雪にさらされて

印の文字を読むことが難しいものもあり、歳月が流れ時代が移り変

わると共に、石造りや他の建築物が徐々に減少して消えつつあります。
さらに、親子の代が何代も変わることによって、現存の子孫でも不明で

あることが少なくない状況です。「印」とは広辞苑(国語辞典)によります

と「印とは他と区別し、まぎれぬよう見分ける為の心覚えとするもの、

目印、紋所、徽号の類」とあります。現在でも商店名などにかえて使用

されています。範囲は広く、家号、家印、旗印などの総称で、その種類

も多数に使用されております。

http://tanage.jp/info/?c=2

 

 

 

グリル銀鱗荘ランチ後は、小樽へチョコ~~