ローマ法王「これが戦争の結果」 核廃絶へ、ナガサキの写真配布 | ☆ sweet home ☆

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ローマ法王「これが戦争の結果」 核廃絶へ、ナガサキの写真配布

2018年1月3日05時00分

フランシスコ法王の指示で配布されたカードの写真=ローマ法王庁提供

 

カトリック教会のローマ法王庁(バチカン)が昨年末、教会関係者に向け、

1945年に原爆投下を受けた後の長崎で撮影された写真入りのカードを

配布した。

フランシスコ法王が配布するよう命じたもので、教会関係者によると、法王

が年末にカードを配布するのは異例。「核なき世界」を訴えてきた法王が

出した強いメッセージと受け止められている。

 カードには、米国の従軍カメラマン故ジョー・オダネル氏が45年に撮影した

「焼き場に立つ少年」が印刷されている。法王はこの写真に「戦争の結果」

とするメッセージと自身のサインを添えた。法王はカードに「亡くなった弟を

背負い、火葬の順番を待つ少年。少年の悲しみは、かみしめて血のにじんだ

唇に表れている」とスペイン語の説明も加えた。

 法王は昨年11月に核軍縮をテーマにしたシンポジウムの参加者に「核兵器

は人類の平和と共存しない」と述べるなど、核廃絶を求めるメッセージを全

世界に投げかけている。(バチカン=河原田慎一)

https://www.asahi.com/articles/photo/AS20180103000151.html

 

1+9+4+5=19

4+5+1+1=11

1+9+1+1=12(6 6)

 

 

長崎原爆投下 1945/8/9  11:02

1+9+4+5+8+9=36

1+1+2=4

36+4=40・・・4(2 2)(11×2)

 

(Wikipediaより)

ジョー・オダネル

最も広く知られる作品として、1945年1946年日本長崎及び

広島における原爆投下直後の状況を、米海兵隊の写真家として

撮影した一群の記録写真がある。

2007年、日本の皇后陛下は、オダネルが従軍中の長崎で撮った

「焼き場に立つ少年」の新聞への掲載が、その年に印象に残った

ことの一つとして言及されている。

 

1948年、アメリカ情報局に入り、ホワイトハウス付きのカメラマンと

なった「ジョー・オダネル」(1922~2007年)。

彼は「大統領の写真家」として朝鮮戦争や東西冷戦、宇宙開発など、

アメリカの転換期を記録し続けた人物です。なかでも有名なのは

「ケネディ大統領の棺に向かって敬礼するケネディ・ジュニア」の写真で、

全世界に配信されました。

しかし40年以上が経過し、67歳になった彼は「真実を伝えなければ」と

意を決して被曝写真の公開に踏み切ります。

爆心地を歩き回ったことで、自らも間接原爆症を抱えていたジョー・オダネル。

彼の命日は、奇しくも長崎に原爆が投下された日と同じ89日でした。

http://www.historychannel.co.jp/blog/2015/07/1021

 

4+6+7=17

8+9=17

(17  17) (8 8)

 

 

 

解かれた封印~米軍カメラマンが見たNAGASAKI~

2008年8月7日(木)
午後8時00分~8時49分

今、1枚の写真が注目を集めている。

63年前、被爆した長崎で撮影されたもので、亡くなった幼い弟の亡きがら

を背負い火葬場の前にたつ「焼き場に立つ少年」と題された写真だ。
撮影したのはアメリカ人カメラマン、ジョー・オダネル。去年月9日、亡く

なった。占領軍として原爆投下後の長崎に入り、その破壊力を記録する

ため写真を撮影する一方で、軍に隠れ内密に自分のカメラでおよそ30枚

の写真を記録した。

帰国後、被爆者の記憶に悩まされ、悲劇を忘れ去ろうと全てのネガを自宅

屋根裏部屋のトランクの中に閉じこめ、43年間封印してしまう。しかし晩年

になって原爆の悲劇を訴え母国アメリカの告発に踏み切っていく。

原爆投下を信じる周囲から非難の声を浴びながら、85歳の生涯を閉じた。

http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20080807

 

 

 

驚くべき本でした。
米軍カメラマンのジョー・オダネル氏が撮った「焼き場に立つ少年」の

撮影場所は、長崎の爆心地付近と思っていましたが、そうではない。

撮影時期は原爆投下の約2カ月後の10月6日、または7日頃と推定

することができる、としています。

⦿撮影場所がなぜ爆心地付近ではないのかは、オダネル氏が2003年

の来日時に手にしていたオリジナルの密着プリントから明らかにされます。
爆心地付近でないとすれば、どこなのか。写真の右下に映る境界標石、

オダネル氏の足跡と彼が残した言葉から調査がすすめられ、各地域の

人々の証言が紹介されます。オダネル氏の証言も、すべてを正しいと

することはできないことが明らかにされます

その中で、この少年は誰なのかについての証言も紹介されています。

⦿読んでわかったのは、原爆で亡くなった方以外に台風による天災や

赤痢、腸チフスなどの病気で亡くなった方、栄養失調で亡くなった方も

大勢いたということです。

https://www.amazon.co.jp/

 

 

 

 

「世界に非常警報」 国連事務総長

2018年1月3日05時00分

 

国連のグテーレス事務総長は新年のメッセージで、「世界は根本的に平和と

反対の方向に進んでいる」として「非常警報を世界に発する」と強い危機感を

示した。その上で「世界をより安全、安心にできると固く信じている」とし、国際

社会の結束を求めた。

 メッセージは昨年12月31日に公開された。グテーレス氏は「紛争は激化し、

新たな危機が生まれている」としたほか、北朝鮮の核開発を念頭に「世界の

核兵器への不安は冷戦以来最も高まっている」などと世界が直面する課題を

挙げた。(ニューヨーク=鵜飼啓)

https://www.asahi.com/articles/DA3S13297505.html

 

 

アントニオ・グテーレス(ポルトガル元首相)
就任日 2017年11

 

決議 国際連合憲章(1945年6月26日署名)
活動開始 1945年10月24日

 

1+9+4+5+6+2+6=33(11×3)

1+9+4+5+1+2+4=26・・・2+6=8

 

 

1941年8

アメリカのフランクリン・ルーズベルト大統領&

イギリスのウィンストン・チャーチル首相が会談

フリーメイソン

 

首相動静―1月1、2日

01月02日 20:58

 

▼1日

 【午前】0時28分、宿泊先の東京・六本木のホテル「グランドハイアット

東京」の玄関で母親の洋子さん、昭恵夫人らと記念撮影。

45分、皇居。昭恵夫人とともに新年祝賀の儀に出席。

1131分、グランドハイアット東京。

 【午後】0時14分、日本料理店「旬房」で母親の洋子さん、昭恵夫人らと

食事。

22分、東京・六本木の映画館「TOHOシネマズ 六本木ヒルズ」。

昭恵夫人、岸信夫衆院議員ら親族と映画「オリエント急行殺人事件」を観賞。

53分、グランドハイアット東京。

28分、フランス料理店「THE FRENCH KITCHEN」で昭恵夫人、

岸衆院議員ら親族と食事。同ホテル泊。

 ▼2日

 【午前】38分、神奈川県茅ケ崎市のゴルフ場「スリーハンドレッドクラブ」。

経団連の御手洗冨士夫名誉会長、榊原定征会長、渡文明JXTGホールディン

グス名誉顧問とゴルフ。

 【午後】13分、グランドハイアット東京。

0分、すし店「六緑」で、昭恵夫人ら親族と食事。同ホテル泊。

https://news.goo.ne.jp/article/asahi/politics/ASL125SB7L12UTFK007

 

1+2+8=11

6+3=9(3×3)(11×3)

 

グランドハイアット東京
106-0032 東京都港区六本木丁目0−

https://www.tokyo.grand.hyatt.co.jp/restaurants/access/

 

1+6+3+2=12

6+1+3=10

12+10=22(11×2)

 

TOHOシネマズ 六本木ヒルズ

東京都港区六本木6-10-2 六本木ヒルズけやき坂コンプレックス内

050-6868-5024

駐車場(約2,762台)六本木ヒルズ内

https://www.tohotheater.jp/theater/009/access.html

 

6+1+2=9(3×3)(11×3)

5+6+8+6+8+5+2+4=44(11×4)

2+7+6+2=17・・・1+7=8

 

 

すし店「六緑」

03-4333-8788

https://www.tokyo.grand.hyatt.co.jp/restaurants/reserve/

 

3+4+3+3+3+8+7+8+8=47・・・4+7=11

 

 

首相 年頭会見「改憲に向け議論深め 真に必要な防衛力強化も」

14 1524

 

安倍総理大臣は三重県伊勢市で年頭にあたって記者会見し、「ことしこそ

憲法のあるべき姿を国民に提示し、改正に向けた国民的な議論を一層

深めていく」と述べ、憲法改正に向けた議論の加速に意欲を示しました。

また、安倍総理大臣は北朝鮮への対応について、従来の延長線上では

ない真に必要な防衛力の強化に取り組む考えを強調しました。

安倍内閣総理大臣年頭記者会見 

 

【安倍総理冒頭発言】  皆様、明けましておめでとうございます。  

 

平成0年の始まりに当たって、先ほど伊勢神宮を参拝いたしました。

次安倍内閣発足以来、度目の新年を迎え、まず冒頭、これ

までの国民の皆様の御理解と御支援に心からの御礼を申し上げます。  

 

家族が集う年末年始も、遠く離れた海の大動脈、アデン湾で海賊

から世界の船を守る諸君がいます。海上保安庁の諸君は、そして

自衛隊、24時間態勢で我が国の領土、領海、領空を守るため、今、

この瞬間も全力で任務に当たっています。そして日本海に展開する

イージス艦の上で、また、それぞれの基地で北の空をにらみながら、

北朝鮮の脅威に備える自衛隊の諸君。その強い使命感に、そして

責任感に対して、改めて敬意を表したいと思います。  

 

昨年、北朝鮮は、核・ミサイルによる挑発行動を一方的にエスカレート

させました。我が国を取り巻く安全保障環境は、戦後最も厳しいと

言っても過言ではありません。いかなる事態にあっても、国民の命と

平和な暮らしは守り抜く。従来の延長線上ではなく、国民を守るため

に真に必要な防衛力の強化に取り組んでまいります。同時に、北朝鮮

の政策を変更させるため、これからも国際社会と連携して、力強い

外交を展開する。昨年の総選挙での国民の皆様からの信任を大きな

力に、本年も毅然とした外交を進めてまいります。  

 

本年は、明治維新から150年の節目に当たります。幕末、植民地支配

の波はアジアにも押し寄せました。その大きな危機感が日本人を奮い

立たせ、私のふるさと長州では、松下村塾に、身分にかかわりなく、

多くの若者たちが集いました。武士、農民、町民、それまでの地位や

立場に関係なく、志を持った人々が全国各地で立ち上がり、明治国家

建設の大きな原動力となった。初代内閣総理大臣の伊藤博文は、

もともとは農家の出身であります。  

 

草莽崛起(そうもうくっき)、あらゆる日本人の持てる力を結集し、近代

化を一気に推し進めることで先人たちは独立を守り抜き、国難とも

呼ぶべき危機を克服しました。  

 

今また我が国は、少子高齢化という国難とも呼ぶべき危機に直面して

います。しかし、必ずや克服できる。高齢者の皆さんも、出産や育児を

機に仕事を辞めた女性の皆さんも、かつて何らかの事情で高校に進学

できなかった方々も、障害や難病のある皆さんも、全ての日本人に

チャンスあふれる一億総活躍社会をつくり上げることができれば、

我が国の輝かしい未来を切り開くことができる。私はそう確信しています。  

 

人口が減少する日本はもう成長できない。年前は、日本には悲観論

ばかりがあふれていました。しかし、年間のアベノミクスによって、生

産年齢人口が390万人減少した中でも、雇用は逆に185万人増やす

ことができました。有効求人倍率は、北海道から沖縄まで、47全ての

都道府県で倍を超えています。これは高度成長期にも実現できな

かったことです。  

 

名目GDPは0兆円以上増加し、過去最高となりました。内需主導の

成長により、日本経済は今、0年近く苦しんできたデフレから、脱却へ

の道のりを確実に前進しています。未来は変えることができる。全て

は私たちの意思と行動に懸かっています。  

 

本年、働き方改革に挑戦いたします。正規、非正規、雇用形態にかか

わらず、昇給や研修、福利厚生など、不合理な待遇差を是正すること

で、多様な働き方を自由に選択できるようにします。長時間労働の

上限規制を導入し、長時間労働の慣行を断ち切ります。ワーク・ライフ・

バランスを確保し、誰もが働きやすい環境を整えてまいります。0年

に及ぶ労働基準法の歴史において、正に歴史的な大改革に挑戦する。

今月召集する通常国会は、働き方改革国会であります。子育て、介護

など、それぞれの事情に応じた多様な働き方を可能とすることで、

一億総活躍の社会を実現してまいります。  

 

年前、酉(とり)年の年頭に当たって、私はこの場所で、酉年は、しば

しば政治の大きな転換点となってきた、そして、変化の年となるが、

大切なことはぶれないことだと申し上げました。少子高齢化を克服する

ため、そして、一億総活躍の社会を実現するために、我が国の社会

保障制度を全世代型へと大きく転換していかなければならない。その

揺るぎない決意の下に、昨年は解散総選挙を断行しました。そのとき

にお約束したとおり、消費税の使い道を見直し、兆円規模の財源に

より、子供たちの未来に大胆に投資します。人生00年時代にあって、

いくつになっても、誰にでも学び直しとチャレンジの機会を確保いたします。  

 

0年、さらにその先の未来を見据えた日本の新しい国づくりに向け

て、私たちは今、大きな一歩を踏み出しました。本年は戌(いぬ)年です。

0年前の戌年は、高度成長時代の幕開けを告げる東京タワーが完成

した年です。48年前の大阪万博では、動く歩道、携帯電話、コンピュー

ター制御の自動車、リニアモーターカー、科学技術がもたらす未来社会

の姿に多くの日本人が心を躍らせました。  

 

相場の格言に「申(さる)酉騒ぐ、戌笑う」という言葉がありますが、騒が

しい酉年の次にやってくる戌年は、これまでも人々が笑顔に包まれる年、

次なる新しい時代への希望が生まれる年となってきました。来年に向

かって私たちがどのような国づくりを進めていくのか。この国の形、理想

の姿を示すものは憲法であります。戌年の今年こそ、新しい時代への

希望を生み出すような憲法のあるべき姿を国民にしっかりと提示し、

憲法改正に向けた国民的な議論を一層深めていく。自由民主党総裁

として、私はそのような年にしたいと考えております。  

 

犬の嗅覚は人間の億倍とも言われています。どんなに遠い道のり

でも、その鼻で自らの進むべき道をしっかりと見つけ出すことができます。

聴覚も優れており、その耳で人間には聞こえないような音も聞き取ること

ができるそうであります。私も声なき声にしっかりと耳を傾けていく。これ

まで以上に感覚を研ぎ澄ませて、我が国の進むべき道をしっかりと見定

めながら、国民の皆様と共に新しい国づくりを力強く前に進めていく決意

であります。  

 

最後となりましたが、本年が国民の皆様にとりましてすばらしい年と

なりますことを心から祈念いたしまして、私の年頭における所感とさせて

いただきます。  

 

私からは以上です。

https://www.kantei.go.jp/jp/98_abe/statement/2018/0104kaiken.html

 

3+2+6=11

2+4+1+5=12

6+5+3+9+1+8+5+4+7+1=49

5+2+7=14

1+1+2+1=5

2+2+6+4+8=22

1+1+1=3

11+12+49+14+5+22+3=116

1+1+6=8

 

 

 

伊勢神宮 〒516-0023 

内宮(皇大神宮)三重県伊勢市宇治館町1

外宮(豊受大神宮)三重県伊勢市豊川町279

http://www.isejingu.or.jp/access/index.html

 

5+1+6+2+3=17・・・1+7=8

8+1=9(3×3)(11×3)

2+7+9=(9 9)(11×9)

1+7+9+9=26・・・2+6=8

 

明治維新

狭義では明治改元に当たる明治元年旧9月8日1868年10月23日

となる。しかし、一般的にはその前年にあたる慶応3年(1867年)の

大政奉還王政復古以降の改革を指すことが多い。

 

伊藤 博文(いとう ひろぶみ、天保12年9月2日1841年10月16日) -

 明治42年(1909年10月26日

日本武士長州藩士)、初代内閣総理大臣。

明治22年(1889年211日、黒田内閣の下で大日本帝国憲法

発布される。

 

(2+2+2  11)( 11)6+1+1=8

1+8+8+9=26・・・2+6=8

 

 

松下村塾(萩市)

 

山口県萩市椿東1537

松陰神社(しょういんじんじゃ)

山口県萩市にある神社である。(幕末)の思想家教育者である

吉田松陰、および彼の門人である伊藤博文山県有朋はじめ、

松下村塾の生徒を祭神とする。学問の神として崇敬を受ける。

境内には松下村塾が現存している。

また松陰幽囚の旧宅・吉田松陰歴史館などがある。

 

1+5+3+7=16(8 8)

 

東京タワー

高さ:333m

〒105-0011港区芝公園4-2-8

03-3433-5111

1958年(昭和33年)に開業

https://www.gotokyo.org/jp/kanko/minato/spot/s_12.html

 

1+5+1+1=8   4+2+8=14

8+14=22(11×2)

3+3+4+3+3+5+1+1+1=24・・・2+4=6

 

 

 

日本万国博覧会の概要

1970年3月15日(日曜日)から9月13日(日曜日)までの開催

183日間

入場者数:6421万8770人

会場面積:330ha

「太陽の塔」は、頂部の「黄金の顔」、正面の「太陽の顔」、背面の

い太陽」の3つの顔を持っていますが、
博覧会当時テーマ館の地下展示には「地底の太陽」といわれる顔も

展示されていました。
「地底の太陽」は、高さ約3メートル、全長約11メートルにもなる巨大な

展示物であったとされていましたが、博覧会終了後の撤去作業から

50年近く経った現在も行方がわからない状態となっています。

http://taiyounotou-expo70.jp/about/

 

(Wikipediaより)

アメリカ館ではアポロ計画で持ち帰られた月の石が展示され、話題となる。

(1969年、アポロ12号のお土産。なお日本館4号館にもアポロ11

持ち帰ったものが展示されていた。)

 

 

キリスト教館

バチカン市国、日本万国博キリスト教館委員会

テーマ:―人間の発見
建物

平面は正三角形で鉄骨鉄筋造。高さ 15 メートルの三つの湾曲した

屋根を持ち、会堂様式の独特な建築構造を取入れ、教会のような

ふん囲気をかもし出していた。
 内部は地上 1 階のホールと、半地階、地階の展示室からなって

いた。

1 階は礼拝や演劇を行なうホール「聖なる空間」で、キリスト教館の

特徴的な構成がとられていた。

 

1+5+1+1=8

 

遠藤周作監修

皇太子&美智子様来館

 

 

623日には兄弟そろってカトリック夙川教会聖テレジア大聖堂で

洗礼を受けた。郁の洗礼名はマリア、周作の洗礼名はパウロ。

 

6+2+3=11