福島県で急速に増え始めた小児甲状腺がん&福島第一1号機のふた | ☆ sweet home ☆

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JBpress 4/19(水) 6:00配信

 

■ 想定外の多さ

 福島県の県民健康調査検討委員会のデータによると、「甲状腺がんまたは

その疑い」の子供が183人。そのうち145人にがんの確定診断が下っている。
 確定診断はないが、がんの疑いで手術や検査を待っている子が、さらに38人

いると解釈できる。さらに3巡目の検診が行われている。
 まだまだ増えるということだ。
 これは異常な数なのか。甲状腺の専門医たちもおそらく想定外だったと思う。

国立がんセンターによると、2010年の福島の小児甲状腺がんは2人と試算している。
 1巡目の検査は、2011~2013年にかけて、2巡目は2014~2015年にかけて

行われた。現在は3巡目。

 福島 小児甲状腺がん・疑い の内訳(人)

■ 数年で「正常」が「甲状腺がん」になるか

 大事なポイントはここ。2巡目の検査で「甲状腺がんまたは疑い」とされた子供

は68人の中に、1巡目の検査で「A判定」とされた子供62人が含まれているという

ことだ。
 62人のうち31人は、「A1」で結節やのう胞を全く認めなかった。全くの正常と

言っていい。「A2」は、結節5.0㎜以下、甲状腺のう胞 20.0㎜以下のごく小さな

良性のものである。
 甲状腺がんの発育は一般的にはゆっくりである。これが1~3年くらいの短期間

に、甲状腺がんになったことは、どうしても府に落ちない。

■ 被曝ノイローゼと言われた時があった

 チェルノブイリへ1991年から医師団を102回送って支援してきた。ベラルーシ

共和国の小児甲状腺がんの患者数は、1987~89年では毎年1~2人だったのに、

90年は17人、そして91年以降激増していくのである。
 ベラルーシを中心に、ウクライナ、ロシアなどで6000人の甲状腺がんが発生した。
 皆が「何かおかしい」と思い始めた当時、WHO(国際保健機関)は「チェルノブイリ

原発のメルトダウンの直接的な健康被害はない。多くは、被曝ノイローゼだ」と

言っていた。
 1990年代前半、ベラルーシの甲状腺がんの第一人者、ミンスク大学の故エフゲニ

ー・デミチク教授が、放射線ヨウ素I-131が飛散し、それが子供の甲状腺がんを

増やしているという論文を、国際的総合科学ジャーナル「NATURE」に発表した。
 デミチク教授の息子ユーリーも、甲状腺外科医を目指していた。父親の教授から

「息子を日本で勉強させてほしい」と頼まれた。
 ぼくが代表を務める日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)が1993年 松本に招待し、

3か月間、信州大学や諏訪中央病院で、甲状腺の医学や肺がんの外科学を学んだ。
 その後ユーリーの病院に手術道具と材料を大量に送った。その後も頻繁にユーリー

と会ってきた。しかしそのユーリーが先月急逝した。病院で仕事中に突然死した。

心筋梗塞ではないかと言われている。

■ 甲状腺がんの第一人者はどう考えたか
 ユーリーは、ミンスクの甲状腺がんセンターの所長だった。ベラルーシ共和国の

甲状腺学の第一人者である。毎年1000人程の甲状腺がんの手術を行っていると

ぼくに言っていた。
 国の政策として、甲状腺がんの患者はユーリーの病院に集められていたため、

極端に多くの患者を診ていた。多忙過ぎたと思う。福島の小児甲状腺がんの

データをよく知っていた。
 ぼくが最後に会った時は、福島では2巡目の検診が行われていた。福島の子供の

甲状腺がんは、福島第一原子力発電所の事故と関係があるのかないのか、意見

が分かれている。甲状腺外科学の第一人者のユーリーはどう思うかと聞いた。
 「日本のスクリーニングは精度が高い。検診をしたために見つかった可能性が

高い。スクリーニング効果の可能性がある」と言うのだ。
 「ただし…」とユーリー・デミチクは言い出した。

 「2巡目の検査で、がんが16人見つかっていることは気にかかる。今後さらに、

がんやがんの疑いのある子供が増えてくれば、スクリーニング効果とは言い

切れなくなる

https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170419-00049766-jbpressz-soci

 

福島第一1号機 原子炉上部の500トン超のふたがズレ

落ちていた 隙間ができ放射線遮る性能が大幅低下

 

本紙が実走調査でつくった楢葉町、富岡町の線量マップ

2017年03月29日

 

 原発取材班は、東京電力福島第一原発事故による政府の避難指示が解除されて

一年半がたった福島県楢葉町と、4月1日に解除される富岡町を車で走り、空間

放射線量の状況を調べた。
調査は、1月11日、2月1、2日の3日間、車で2町の住民の帰還状況

(3月22日付掲載)を調べるのと同時に実施した。

 

住民が事故前の一割ほど戻った楢葉町では、北部を除けば、おおむね毎時

0.2マイクロシーベルトを下回っていた。

一方、富岡町は、楢葉町より一段線量が高い。年間の被ばく線量を、一般人

の限度値(1ミリシーベルト)以下に抑えるためには、毎時0.23マイクロシーベルト

以下であることが目安。中心市街地では微妙なところで、桜並木で有名な夜ノ森

一帯は帰還困難地域との境目にあり、線量はさらに高かった。

http://genpatsu.tokyo-np.co.jp/page/detail/492