高浜2号機でクレーン転倒&米エネルギー政策転換へ  | ☆ sweet home ☆

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脱原発など日々、感じたことも載せています。

高浜2号機でクレーン転倒 原子炉補助建屋が一部破損

2017年1月21日 13時19分

 

20日午後9時50分ごろ、関西電力高浜原発(福井県高浜町)で、アーム部分の長さが

約112メートルのクレーンが倒れ、2号機の原子炉補助建屋と使用済み燃料などを保管

する燃料取り扱い建屋の外壁が一部壊れた。クレーンは安全対策工事に使われていた。

関電によると、周辺環境への影響はなく、けが人もいない。

 福井地方気象台によると、20日夕から21日未明にかけ暴風警報が出ており、関電に

よると、高浜原発構内に2カ所ある風力計は事故当時、毎秒14メートルと15メートルを

計測していた。関電の原発で同様の事故は初めてという。

(共同)
 
 
 
トランプ大統領就任に伴い、ホワイトハウスのHPからLGBTと気候変動への
言及が全消去される
2017年1月21日10:31
 

就任初日にホワイトハウスの公式HPではトランプ大統領の通商政策を掲載、その中で

安倍首相の悲願だったTPPからの離脱を改めて正式に表明し、さらにはNAFTAの再交

渉にも言及しています。また、オバマケアの見直しも行うとしており、アメリカ合衆国内外

にただならぬ影響を及ぼすことは必至です。

そうした中で、ホワイトハウスの公式HPからLGBTと気候変動に関する言及が全て消去

されていることが明らかになりました。以下のツイートではオバマ政権時代の状況との

比較画像がアップされています。

トランプ大統領は選挙戦の際に気候変動は「中国のでっちあげだ」と発言していた他、

2015年12月に採択されたCO2削減のための枠組みを定めたパリ協定からの離脱を主張。

米環境保護局長官に温暖化懐疑派のオクラホマ州のスコット・プルイット州司法長官を

指名しています。

http://buzzap.jp/news/20170121-president-trump-day1/

 

 

カリフォルニアが原発ゼロに-2つの意見の紹介
2016年07月05日 18:02
 
米カリフォルニア州のディアブロ・キャニオン原発(Wikipediaより)

石井孝明 経済ジャーナリスト

 

カリフォルニア州でディアブロ・キャニオン原発が2025年までに停止することになった。

ディアプロキャニオン原発のように議論の種になってきた原発は、あまりない。

この発電所は何年もの激しい反対運動のあとで、1985年から配電してきたが、カリフォ

ルニアの美しい海岸線の近くに建ち、ほぼ確実に巨大な地震を生み出す、活断層に

囲まれており、カリフォルニア州の10分の1の電力を発電する。

また、大量の海水を取り込んで熱を放出する原子炉の冷却システムによって大量の

海洋生物を殺している

原発の所有者であるパシフィック・ガス・アンド・エレクトリック社(PG&E社)は、この原発

が2024年と2025年に運転の許認可の期限が切れる際に閉鎖すると、発表した。

そして、低コスト、ゼロ炭素エネルギー源に置き換えるという。

まずPG&E社が認めたところによると、合意で同社はシステムや顧客を巻き込んだエネ

ルギー効率の改善、風力や太陽光発電への投資で、同原発からの電力の出力(そして

収入)の大きな量をまかなうとしている。交渉の参加者の一人が指摘したように、未来を

見渡せば、この取り決めは「再生可能エネルギーの時代がすでに到来した」ということの

証拠になる。少なくとも、カリフォルニア州ではそうだ。

この取り決めは、長期にわたるエネルギーの革新に、この国を導くものである。同州では

2030年までに州の認可のある発電設備のうち、半分を再エネからのものにする法案が

成立している。

原子炉の耐用年数が近づいてくれば、炭素排出ゼロの風力、太陽光、エネルギー効率

の拡大で置き換えることは、決して愚かではない。

http://www.gepr.org/ja/contents/20160705-03/

 

(Wikipediaより)

ノースリッジ地震(ノースリッジじしん、Northridge earthquake

1994年1月17日4時30分55秒(太平洋標準時)、アメリカ合衆国カリフォルニア州

ロサンゼルス市ノースリッジ地方で発生した地震である。ロサンゼルス地震とも

呼ばれる。モーメントマグニチュードは6.7だが、震源は14.6キロと、極めて浅い。

被害を受けた人は、死者57名、負傷者約5,400人、入院1,467名にのぼる。

偶然だが、この地震のちょうど1年後に日本の兵庫県で兵庫県南部地震阪神・

淡路大震災)が起きている。

その日が合衆国祝日であるマーティン・ルーサー・キング誕生日。

震央はロサンゼルス中心部の北東32km、サンフェルナンド・バレー。当初ノースリッジ

地方と考えられた(後に実際にはレセダ地方で起きたと示された)。アメリカ海洋大気庁

国立地球物理データセンター(National Geophysical Data Center、NGDC)は震央の

地理座標を北緯34.213度、西経118.537度、エルクウッド通りの端、ベアド通りの東と

決定した。

被害は77km離れた所まで達し、最も大きな被害はサンフェルナンド・バレー西部と

サンタモニカで生じた。高速道路での主だった被害は震央から32kmまで達した。

連邦国道10号(サンタモニカ高速道路)とカリフォルニア州道14号(アンテロープ

バレー高速道路)は完全に破壊され、再建が必要となった。

 

1+9+9+4+1+1+7+4+3+5+5=49   4+9=13

6+7=13

3+4+2+1+3+1+1+8+5+3+7=38   3+8=11

13+13+38=64   6+4=10(5 5)(11×5)

1年後阪神淡路大震災→10+1=11

 

阪神淡路大震災1995/1/17   5:46:52

淡路島北部(あるいは神戸市垂水区)沖の明石海峡北緯34度35.9分、

東経135度2.1分、深さ16km)を震源として、Mj7.3

1+9+9+5+1+1+7+5+4+6+5+2=55(11×5)

3+4+3+5+9+1+3+5+2+1=36(6 6 6)×2

7+3=10(5 5)(11×5)

55+36+10=101

 

マーティン・ルーサー・キング

マーティン・ルーサー・キング牧師の日 1月第3月曜日

マーティン・ルーサー・キングの日は、公民権運動の先駆的なリーダーの一人で、

1964年にノーベル平和賞を受賞したマーティン・ルーサー・キングの一生と彼の

残した業績を称える祝日である。

 

※マーティン・ルーサー・キング牧師が1963年8月28日にリンカーン記念堂の階段で

行ったスピーチ「私には夢がある

https://americancenterjapan.com/aboutusa/monthly-topics/1784/

 

 

 

 

主要なランキングは、FBIなどアメリカの政府機関が発表する統計情報をもとに

作成しています

がんによる死亡数

 

胃がんによる死亡数

 

肺がんによる死亡数

 

乳がんによる死亡数

 

白血病による死亡数

http://us-ranking.jpn.org/mapp8.html#rank0

 

 

1954年、ユタ州セント・ジョージ市郊外の砂漠地帯で、ハリウッド映画『征服者』のロケ

が行われた。主役は西部劇のスター、ジョン・ウェイン。ジンギスカンを描いた大スペクタ

クル映画で、監督(ディック・パウエル)以下、スタッフ数百人が滞在、近くのインディアン

居留地からも多数のエキストラが動員された。ロケは数ヶ月に渡り、砂漠の中で撮影が

行われた。その後もウェインは西部劇スターとしてユタやアリゾナのロケに参加した。

その10年後、ウェインは激しい咳に苦しむようになり、肺ガンだと診断された。手術で

いったんは克服したが、胃に転移し、1979年、大腸癌で死亡した。
 ところが、『征服者』ロケに参加して、癌で死んだのはジョン・ウェインだけではなかった。

相手役のスーザン・ヘイワード、メキシコ人俳優ペドロ・アルメンダリス(癌を苦に自殺)、

それに監督以下のスタッフも多くがその後数年の間で癌にかかっている。

それだけではなく、セント・ジョージの市民や、インディアン居住地の住民に異常に癌の

発症率が高いことがわかってきた。セント・ジョージの街はネバダ核実験場の東方約

200kmのところにある。アメリカの原子力当局はこれだけの距離があれば、核実験と

の因果関係は無く、安全であると言っていたが、次第に住民は疑いを持つようになった・・・・。
 この事実は、日本のノンフィクション作家広瀬隆が1982年の『ジョン・ウェインはなぜ

死んだか』で明らかにした。同書に拠れば、驚くべきことにウェイン以外にも、1950年代

にこの付近でロケに参加した多くの俳優が、癌で倒れているという。ハリウッドで西部劇

が急速に制作されなくなった背景でもあると著者は指摘している。広瀬隆はこの本だけ

でなく、『東京に原発を!』などの反原発論を展開しており、原子力関係者や科学者の中

には声高に反論する人々もいるが、広瀬氏の言っていることはなかなか説得力がある。

何年にも渡り大気中で行われた核実験で発生した死の灰が風下のユタ州に降り積もり

(風向きがラスヴェガスのある南向きやロサンジェルス方面の西向きの時は実験を

しなかった)、そこで暮らしたり滞在した人の体内に取り込まれ、ごく微量であっても

濃縮され、やがて癌を発症したのだという。

日本列島には現在多数の原発や核廃棄物貯蔵施設があるが、実はネバダ・ユタ・

アリゾナ三州の広さと同じぐらいであるという指摘をうけると、特に地震大国日本で

はたして原発が安全なのか、考えさせること大であったが、2011年3月11日、福島

原発が地震と津波で破壊され、メルトダウンが起きるという現実を突きつけられること

となった。

<広瀬隆『ジョン・ウェインはなぜ死んだか』1982 現在は文春文庫。改訂版もある。>

http://www.y-history.net/appendix/wh1602-028_1.html

 

ジョン・ウェイン

胃癌の悪化で、1979年5月1日よりカリフォルニア州ニューポートビーチカリフォルニア

大学ロサンゼルス校医療センターに入院し治療を続けていたが、72歳の誕生日を迎えて

17日目の6月11日午後5時35分(日本時間12日午前9時35分)に死去した。

ウェインの遺体はカリフォルニア州オレンジ郡のコロナ・デル・マールにあるパシフィック・ビュー・メモリアル・パーク墓地に埋葬された。

死因である癌の原因の一つとして、ネバダ核実験場の100マイル風下で『征服者』の

撮影が行われたことを挙げる者もある。

フリーメイソンの会員で、マリオン・マクダニエル・ロッジNo.56(Marion McDaniel Lodge

 No.56)に入会していた。