こんばんわ。
 
昭和20年8月15日に集結した太平洋戦争から今年で67年目の月日を迎えました。
 
この戦争で・・・私の祖父はシベリアへ抑留され、ある親族はフィリピンで戦死したと聞かされています。
 
幸いにして、祖父は数年間の抑留生活の後・・・生きて祖国の土を踏む事が出来たのでした。。。
 
私の祖母は祖父の壮絶な抑留生活の模様を聞かされていて・・・
 
当時、私が自衛隊へ入隊する事には大反対でした。。。
 
どれだけ最前線は過酷な生活だったかを聞かされていたからです。
 
また、戦死した親族は・・・海軍の水兵でして・・・私と同じ潜水艦乗員だったそうです。。。
 
何か、因縁めいた事を感じると言われましたね~汗
 
更に、空襲時では・・・祖母が住んでいた家の数件隣の家に爆弾が落ちたそうで・・・
 
更には・・・私の父はまだ小学生でしたが・・・米軍戦闘機からの機銃掃射に襲われた事もあったそうです。
 
運が悪ければ・・・私はこの世に存在して無かったかもしれないのですが。。。(-_-;)
 
 
8月の時期になると、テレビ等で当時の戦いを撮した模様がよく流れていますね~。。。
 
この映像を見ていると・・・私は当時の自衛隊での訓練生活がプレイバックしてくるのです。。。
 
 
軍隊には必ず野戦訓練が有ります。
 
実戦さながらに、山奥や草原とかで模擬演習するのですが・・・
 
訓練とは言え、本当に大変であり過酷なんです。。。
 
真夏の山道をライフル構えてランニングして登ったり・・・
 
蛸壺(穴の中)で土砂降りの雨の中・・・ずっと待機していたり・・・
 
真冬の山中で毛布一枚で一夜を過ごしたり・・・
 
大戦当時の戦闘地域は熱帯地域や寒冷地ですから、更に環境は劣悪です。
 
 
皆様は、歩兵が背中に担いでいるリックや弾薬等の重さがどの位の重量があるか・・・
 
御存知でしょうか???
 
 
旧陸軍歩兵が背負っていただけでも、30kg程度はあったそうです。
 
また、ライフルの重量だけでも別に5.0kg弱は有り・・・かなりの負担だったと予想されます。
 
私も同じ程度の装備をして訓練に望んだ事も有りますが・・・絶するものがあります。。。
 
戦争映画とかで、さも軽々と銃を扱っているようなシーンも有りますが・・・
 
あんな事はありえません。。。笑
 
 
また、一番困るし苦しいのは水が枯渇する事です。
 
今でも猛暑が続き熱中症で倒れる人もいると思いますが・・・
 
最前線では水道も無いし、自動販売機も当然有りません。。。
 
熱帯地域のジャングルで、水をまともに飲めない日々が続くと言う事を想像して下さい。。。
 
私は、訓練時だけでもあれだけ披露困憊していたのに・・・
 
死の恐怖と戦い、過酷な環境の中で戦い続けた兵隊さん達に気持ちが同化していきます。
 
本当に涙が出てくるほどその様相を察することが出来ます。
 
 
その場所へ行けるなら・・・
 
冷たい水を飲ませてあげたい・・・
 
暖かいおにぎりを食べさせてあげたい・・・
 
 
映像では、人が殺され死んでいく様は多く有りますが・・・
 
伝染病や飢えで苦しむ様子はほとんど有りません。
 
生き地獄とはこんな事を言うのかと思います。
 
 
私の祖父は、シベリアから帰国して数年ほどで急死したそうです。。。
 
祖母が言うには、抑留生活での過労があってすっかり衰弱していたそうでした。
 
もし、じーちゃんが元気であったなら・・・
 
私はじーちゃんと遊んで貰える時間があったと思います。
 
戦争は、子や孫にも悲しみを連鎖させるものにしかならないのですね・・・・