
こちらは、元伊勢伝承もある京都府宮津市の籠神社です。
せっかく、訪問したのですが・・・
私には、気がフィットしませんでした。汗
とても、参拝と言う雰囲気はゼロでして。。。
観光ルートの一部にされているようでした・・・
訪れる人達は、全く籠神社に関する知識や敬い・・・
それどころか・・・神社に対する知識も無く、参拝マナーも無視した人達で
群がっていました。
観光客を案内するガイドさんが拡声器で喋り捲るし・・・
そのうるさいことと言ったら・・・
本来は、とても歴史があり由緒もある神社である事は確かです。
それを、単なる見世物小屋の動物を紹介する様な扱いにしか見えませんでした。
その表れが、宮津湾の環境汚染として如実に現れていると思いました。
あまり、記事を書く意識にはなりませんでしたので、当地観光HPだけ拝借しました。
可能でしたら、平日の時間帯が断然お薦めかと思います。
最近は、この様にして神域が荒れ果て、気が枯れていってしまっているような神社が
続発しているようですね。。。

宮津橋立観光HPより・・・
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日本三景の一つとして名高い天橋立は、もともと籠神社の参道として発祥したもので、古来より天と
地、神と人とを結ぶ架け橋として信じられていた。
『古事記』に登場する神伊邪那岐(いざなぎ)、伊邪那美(いざなみ)二柱の神が降り立った「天浮橋
(あめのうきはし)」は、この天橋立であると云われ、古伝に海橋立(あまのはしだて)、海浮橋(あまの
うきはし)ともある。
つまり、日本の国生み神話の重要な舞台がここ天橋立であったことが窺える。
その聖なる天橋立の北方に鎮座するのが元伊勢 籠神社である。
元伊勢とは天照大神(あまてらすおおみかみ)が倭(やまと)の国笠縫邑(かさぬいのむら)[奈良県桜
井市]を出られて伊勢神宮にお鎮まりになるまで巡幸された地を指す。
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籠神社は天照大神が最初に巡幸された神社で、第十代崇神天皇の御代にお遷りになった。
元は丹後国の総氏神である籠神社のご祭神豊受大神(とようけのおおかみ)と共に四年間祀られた。
その後、天照大神は、第十一代垂仁天皇の御代に、豊受大神は、第二十一代雄略天皇の御代にそ れぞれ伊勢神宮へ遷られた。
それに依り内宮外宮唯一の元伊勢(伊勢根本の社)として全国より崇敬を集めている。
二十数社ある元伊勢の中でも随一の社格と由緒を持つ所以がここにある。
その証として伊勢神宮と籠神社にしか許されない五色の座玉(ごしきのすえたま)が高欄に据えられ、
厳かな神秘の光を放っている。
また、本殿の造りも伊勢神宮と同じ唯一神明造りとなっている。 天照豊受両大神がご遷座の後は、天孫彦火明命(てんそんひこほあかりのみこと)を主祭神として、
その系譜に連なる宮司家海部(あまべ)氏が古代より籠神社に奉仕し、現宮司で八十二代を算(か
ぞ)え、その家系図は国宝に指定されている。
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本殿です。

本殿前の御神木です。


本殿横に鎮座されている摂社・末社です。






