イメージ 1
 
 
龍安寺を後にして、木嶋神社へと歩いて行こうと思い・・・道に迷って偶然お見かけした神社でした。
 
 
何となく、お名前は知っていたのですが・・・よく調べてみたことはありませんでした。汗
 
 
こちらは、江戸時代には方除厄除12社参りが流行し 、天保11年の標石が現在も門前にある由緒があります。
 
 
私は、色々な値域を渡り歩いているので、出向いた先に方災除けの神社があるとホッとします。
 
イメージ 2
 
こちらは・・・
 
 
平安京造営の際、陰陽道を元にして・・・大内裏(御所)の北西角の天門に星神 「大将軍堂」を建て 方位の厄災
 
を解除する社として創建されたそうです。
 
創建当初は陰陽道のお堂として建てられた為「大将軍堂」と称し・・・
 
江戸時代に入り 大将軍村の鎮守社として祀られる様になっていきました。

 
その頃から・・・それまでの北斗妙見信仰から太白精の信仰に移り暦神と習合して 「大将軍八神宮」とも言われ
 
るようになりました。

祭神は古来の日本の神ではなく大将軍一神を祀っていましたが・・・
 
明治時代に「神仏分離令」によって 神道を国教とし・・・
 
現在の形「素盞鳴尊、その御子五男三女神、並びに 桓武天皇を合祀」となり、御子八神と暦神の八神が習合
 
して以後社名は「大将軍八神社」と言われるそうですね。

 
 
イメージ 3
 
 
こちらの神社は、考えてみると・・・
 
そういえば。。。天河神社で初めて見ましたね。。。
 
末社として鎮座されていて・・・ご縁を頂き感謝です。
 
 
イメージ 8
イメージ 9
 
 
 
こちらは末社です。
イメージ 7
 
 
 
イメージ 4
 
                            
 
 
本殿横の御神木です。
 
 
イメージ 6
 
 
本殿裏には大杉神社が・・・
 
 
 
イメージ 5