
龍安寺を後にして、木嶋神社へと歩いて行こうと思い・・・道に迷って偶然お見かけした神社でした。
何となく、お名前は知っていたのですが・・・よく調べてみたことはありませんでした。汗
こちらは、江戸時代には方除厄除12社参りが流行し 、天保11年の標石が現在も門前にある由緒があります。
私は、色々な値域を渡り歩いているので、出向いた先に方災除けの神社があるとホッとします。

こちらは・・・
平安京造営の際、陰陽道を元にして・・・大内裏(御所)の北西角の天門に星神 「大将軍堂」を建て 方位の厄災
を解除する社として創建されたそうです。
創建当初は陰陽道のお堂として建てられた為「大将軍堂」と称し・・・
江戸時代に入り 大将軍村の鎮守社として祀られる様になっていきました。
その頃から・・・それまでの北斗妙見信仰から太白精の信仰に移り暦神と習合して 「大将軍八神宮」とも言われ
るようになりました。
祭神は古来の日本の神ではなく大将軍一神を祀っていましたが・・・
明治時代に「神仏分離令」によって 神道を国教とし・・・
現在の形「素盞鳴尊、その御子五男三女神、並びに 桓武天皇を合祀」となり、御子八神と暦神の八神が習合
して以後社名は「大将軍八神社」と言われるそうですね。

こちらの神社は、考えてみると・・・
そういえば。。。天河神社で初めて見ましたね。。。
末社として鎮座されていて・・・ご縁を頂き感謝です。


こちらは末社です。


本殿横の御神木です。

本殿裏には大杉神社が・・・
