先日、子の運動会がありました。
運動会の観覧、大好きなのですが苦手なこともあるのです。
何かというと…
子のいる組が負けるとものすごく悔しい![]()
悔しすぎて見に行かない方がいいのでは…と思うほどモヤモヤしてしまいます。
そして今年も負けましたよ❗️
実は去年も負けたのですよ。
2人とも紅組で、「17年ぶりに白組が優勝」
とね。
今年も2人とも紅組、と聞いた時に
「まさか2年連続負けることはないだろう」
「まさか白組が2年連続勝ったりして」
という2つの思いが頭をよぎりました。
(よくない予想が当たりました)
上の子は勝ち負け両方体験していますが、下の子は自分の組が勝ったことは未だになく、そして2人とも勝ち負けに関してもさほどこだわりません。
(今回も「負けて悔しくなかった?」と尋ねたところ下の子なんて「もう(負け)慣れた」とも…)
これ、時代の流れですよね。
「ナンバーワンでなくてオンリーワン」
推しの世の中の風潮!
子ども達の小学校は、マラソン大会はなく「マラソン月間」という期間があり、その期間内にどのくらい走れるかを自分で目標設定して走ります。(周りの子がどのくらい走れたかは知らない)
硬筆や毛筆の展覧会はあっても飾るだけで賞はありません。
絵画展もない。
通知表は数字の評価はない。
競わないづくし
なのですよ。
昭和後期〜平成に学生時代を送っていたわたしにとってはモヤモヤモヤ〜っ!とします。
何しても優劣がついていましたし、「1位目指して頑張れ」「賞を取れるように頑張れ」「賞状たくさんもらってこい」と親や先生から叱咤されていました。通知表も途中まで絶対評価だったので、数値が高い評価の価値はものすごかったです。
オンリーワンの考え方はもちろん肯定派ですし、明確な優劣がつかないため、子ども達の褒めどころも多く、子育てしやすいな〜なんて思いますが、「悔しがる」「悔しいから次回は勝てるために頑張る」といった根性が育ちにくいような気もするのです。
上の子は塾に通っていますが、平和主義ののんびりタイプなので成績が上がらなくても「勉強したらそのうち上がっていくかな〜」程度の感情しか湧かないようです。
いや、全然よくないでしょ!
昭和生まれ母はキレ散らかしています。
でも、競わない、争わない、1位を目指さない、
そんな時代を生きている彼らにとっては、ナンバーワンを取る喜びや意義というのを学校で学ぶのはもしかしたら容易ではないのかもしれません。(学校外では競う機会はたくさんあると思います。習い事の大会とかコンクールとか、検定とか?色々と…)
ということで、今年の運動会も悔しい思いをした母でした。
観覧はとても楽しかったです![]()
うちの子たちはスポーツ系の習い事はしていないため、運動している姿を見る機会があまりないのですが、集団の中で走ったり踊ったりしている姿を見て「成長したなぁ」としみじみ感じました。
いつも早めに並んで場所取りしているくらい、応援には気合いを入れています![]()
子ども達は気にしてはいませんが私はそろそろ勝ちを見たいです🏅
