こんにちは、談話喫茶”ホーボー軒”へようこそ。
店主の Klavi-Seli にて御座候、どうぞごユルリと☕。
前回、全音出版社のモーツァルトの🎹ソナタアルバムには、🎻ソナタからの編曲モノが1曲、🎹ソナタ扱いされて収録されている、ということをお話した。
契約先のヨーロッパの出版社が何故そんな事をしたのか。
その理由ってか背景について述べる。
今日、🎹の初級者は生徒が右側、先生が左側に座っての、連弾スタイルで行われるのが一般的だろう。
これ、余りに当たり前過ぎて何故なのか思い浮かばびさえしないだろう。
しかし意外にもピアノというか、鍵盤楽器の指導を連弾スタイルで行うというのは、鍵盤史上では割と最近の指導方法なんである。
じゃあ、それ以前の方法とは?
そしてそれは何時頃まで続けられたのか?
鍵盤楽器のプリミティブな指導法。
それは指導者、鍵盤の前には座らない。
当然、鍵盤は触らないってか、触れないよね。
だから🎻とかで生徒が弾く🎹に合わせ、任意にというか随時というか、オブリガードのメロをアドリブで弾いて、生徒の補助をするというスタイルなのである。
しかも之れ自体、実は他の習い事の模倣である。
そして其れは楽器の、ではない。
『舞踏』の、だ。
メヌエットとかの宮廷舞曲は、指導者が🎻を持って自身も踊りのステップを踏みながら同時にメロ即ち今日で云うところのダンスミュージックを奏でていたのだ。
鍵盤楽器の指導は、それを踏襲したものなのだ。
なぜ、こんな方法を取ったのか。
ここからは全くの憶測だ。
だが、さほど間違いないと思うので述べさせてもらうと ・・・
Maybe鍵盤楽器の機能&性能、具体的には
『音域=鍵盤数』
が大きく影響していると思うのだ。
バッハのチェンバロは4Octave即ちたったの49鍵しかない。
今日の🎹の88鍵の殆ど半分だ。
モーツァルト(註)が子女たちの指導に用いたフォルテ🎹は57鍵盤。
ベートーベンでもやっとこさ61鍵盤(=5Octave)。
想像してみよう。
これ、仲良く二人並んで座れますかね?
ムリっしょ?
で、話をモーツァルトの🎻ソナタに戻しましょう。
🎻ソナタって聞けば、或いは言われれば誰だって
「(🎹の伴奏を持つ)🎻曲のことなんだな」
と思うに決まっている。
だが歴史的にはそうでないどころか、全く丸っきり逆。
🎹ソナタに、🎻がオブリガードのメロを付けたものなのだ。
モーツァルトの🎹ソナタは、ケッヘル№付きで数えると17曲ほどあるのだが、他方🎻ソナタは42曲も残されている。
だが名称の本質は、🎻の伴奏付き(初心者用)🎹ソナタなのである。
だから🎻パートはなんじゃいこりゃ、というくらいに地味で面白くもなんともないものだ。
「モーツァルトの作品なのに🎻パートがつまんないわ」
いやツマるもツマラぬも、楽譜通り弾くからだよ。
🎻パート、全部ホントはアドリブなんだから、好きなように生徒にあわせれば良いのよ、というよりアドリブでなければならないのだ、そういう問題ではなかりきや!って事。
(と、へライザー総統の様に)。
で、ソナタアルバムの元を編纂したペータース社、一応サービスのつもりで1曲、それからの編曲ものをオマケ収録したんだろう。
こういう第三者の手による補作、大体が駄作にしかならないのは、ブルックナーやマーラーの、弟子たちの未完成曲輔筆で周知の通り。
他のオーセンティックな🎹ソナタと比して、相当に出来が悪い。
だから先生も、これを生徒に与える場合は連弾座りじゃあ無くて、🎻弾かなアカンのよ。
バッハとベートーベンはバイオリンではなく、ビオラが達者だったから、其れを用いたかも。
それとソナチネのクーラウ、彼はピアニストではなくデンマーク王立管弦楽団の首席フルート奏者だった。
だから🎻の代わりにフルート吹いて、自分のソナチネにオブリつけていたんだろう。
右手のフレージングがc1を下回るのを極力回避している、ソナチネ作品のあるのが、それを物語っている。
ベートーベンの最晩年、といっても57年の生涯だから50歳以降ということだが、ブロードウッド社やグラーフ社から6Octave1/2の78鍵の🎹をもらっている。
これ、とても大事な鍵盤数で、コンサートホール用のそれはドンドン鍵盤数が増えてゆくが、家庭用や学習用は、この78鍵盤が其の後100年近くも標準の仕様になるからだ。
1835年くらいには、現在の88鍵盤に3鍵だけ足りない85鍵が出現している。
当代最高のピアニストだったショパンが、それを知らなかったり弾かなかったハズは無いのだが、驚く勿れ彼は一生涯、作品を78鍵内で納めている(註2)。
それだけ、出版社に忖度し、縛られていたということだ。
ショパンに異稿が多い理由の一つでもあるだろう。
これ、研究者でさえ見落としているんじゃないか。
例えば超有名な夜想曲2番にはas6、つまり85鍵盤を使った草稿が存在している(註3)。
🎹の音域の変遷は、中々に興味深い経路を辿っている。
ベートーベンの中期から高音域に延びており、晩年に連れ、今度はドンドン低音域に増えてゆく。
この『低音域』=『左側』への拡充がなされたからこそ、🎹の先生は生徒の左側に座れるようになったのだ。
先ほど登場したクーラウも、そして初心者用🎹曲を多数作ったブルグミュラーも、低音域に延びた🎹の構造を上手く利用しているのが分かる。
彼らの時代の🎹は十分な低域があったにもかかわらず、ソナチネもブルグミュラーの25番練習曲も、左手の最低域はC1になるべく留まっている。
指導者が学習者の補足が可能なようなスタイルを敷いているのだ。
つまり、これが連弾なる演奏編成および形態のハシリとなったのだ、
ですからね ・・・
しばしばクラシック上がりの🎹奏者は、即興演奏が
「出来ない」とか
「弾けない」とか
「ヘタ」とか言われがち。
だが自信を持って欲しい。
そんな事は「全然無い!」と。
生徒の横で随時、任意で補ってあげておるではないか。
アレ、立派な即興でありアドリブであるって言えるよ。
そして、之れを書き留めて出来良く残ったのが連弾作品というわけ。
で、ここからは私的提案。
何人かの音大🎹科卒の方々に、副科の楽器は何を専攻したのか聞いてみた。
どうやらバイオリンが多数みたいですね。
ですが拙、コントラバスが良いと想います。
生徒への補足は、ルート音ラインだけで十分だから。
(註).自分のコンサート、具体的には🎹協奏曲を弾く時は64鍵の高性能フォルテ🎹を使ってます。
61鍵しか持っていなかったベートーベン、相当羨ましかった様で、ウォルフィの🎹協奏曲№20.のカデンツァを書いた時、最高音に其れのトップノートを用いています。
(註2).実はショパン、厳密に言うと唯一、『舟歌』のみ79鍵使って書いています。ですが巧みにそれが出版社にバレないよう工夫している痕跡が見られます。
(註3).ショパン演奏の大家・大森智子氏は、この草稿を没後200年の1999年のショパンイヤーで弾いています。