当回の冒頭は、前回『さらば! もろもろの古きくびきよ -15-』末尾から(じか)続きしております。

 

 

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〖んっ、なんだコレ?〗

振り返ったアンドレは、何かが鼻先にあることに気づいて、手で軽く振り払おうとした。

...がっ!

ソレが陽光を跳ね返してキラリと光った。

 

〖うわぁっっっ!!

コレ、剣の切っ先っ!?〗

 

同時に、

「ぎゃぁ~っ!」と、ジャンの悲鳴。

「アンドレっ、危ないっっ!!」と、ピエール。

「さわるな、アンドレ!!」と、フランソワ。

「うわっ! な・・何すんだよっ、アラン!」と、ラサール。

 

反射的に、ソレ(剣の切っ先)からパッと手を引っ込めて後ろに飛び退くアンドレ。

目にもとまらぬ素早い手さばきで、剣をアンドレの手から逸らすアラン。

(さすが、オスカルが冷や汗をかいたほどの剣の遣い手である)

 

 

剣を持ったアランの腕がだらんと垂れ、腑抜(ふぬ)けた声が洩れた。

「おまえ...見えてんの・・・か?」

 

目論見が外れて呆気に取られているアランに、ラサールが抱きつくようにして、剣を持った腕を 自分の全身で押さえつける。

「アラン、気でも違ったのか!?」

 

一方、ピエールが、ぜいぜいと胸を抑えるアンドレを庇い、両手を広げて二人の間に立ちはだかる。

「何言ってんだよう、アラン!

アンドレを見てみなよ。

びっくりして息があがってるじゃないか!!」

 

心配そうに後ろを振り仰ぐピエールの髪をくしゃっと撫でたアンドレが大仰に嘆息した。

「まったくだ・・・!

ばかやろう、寿命が3年は縮んだぞ」

だが・・・、そうこぼす彼に、いち早く冷静さを取り戻したフランソワが鋭く指摘した。

「だけど、アンドレ・・・

おまえ一瞬、なんでもないモノのように剣に手を伸ばして振り払おうとしたろ。

最初、目の前にあるのが何なのか、見えてなかったんじゃないのか?」

 

アランがハッと我に返って声を荒げた。

「そうだぜ、おまえら!

今はたまたま見えたかもしれないがな、

こいつ・・・前々から右目も相当やられてるんだ」

アランのスッパ抜きに、4人が一斉にアンドレを注視する。

 

〖くそっ。アランがどんな行動に出るか、読みが足りなかった〗

アンドレとしては、彼らを司令官室に連れて行ってから、なるべくショックを与えないよう穏便に視力のことを話すつもりだった。

〖うーん。さて、どうする・・・〗

この場をどう収拾するか考えようとした矢先、ピエールがバッと振り返ってアンドレにしがみついた。

「見えてないのか!? なぁ、ちゃんと見えてないのかよぉ!

まさか、そんなんで出動する気っ!?」

 

「そ・・・そっそうだそうだ!」とジャン。

「ちくしょう! 見えてるフリしておれたちをだましやがって!!」と、フランソワ。

「残れ残れ! おまえなんか来るなっ!!」と、ラサール。

「聞いたろう。残れアンドレ。足手まといだ」と、アラン。

 

「それでも、おれは行かなくちゃならないんだ。

この後ちゃんと説明するから、とにかく落ち着け」

 

だが、アンドレがそう言うな否や、アランがピエールの襟首を掴んで脇に押しやり、握り締めた(こぶし)を、アンドレの鳩尾に・・肩に・・顎に・・放ってきた。

「行かせるもんか!!このド阿呆!」

 

今度は・・・アランを制止する者は誰ひとりいない。

「ばかぁ! アンドレのばかぁー!」

「ア・・・アンドレなんかくたばっちまえ~っ!」

「おおまえなんか・・連れてってやるもんかぁっっ!」

「なんでえ! おれたちにひとことも言ってくれねえで!」

「おれたちに・・・・・・ひ・・ひとことだって言ってくれないで・・・っ!」

涙交じりの声が矢継ぎ早にアンドレに浴びせられる。

 

そして──、(こぶし)の連打でふらつくアンドレの体を抱きかかえたアランから、途切れ途切れの哀願の声。

「のこ・・・れ・・・・・・ た・・の・・む・・・・

隊長はきっと・・・・・・

きっとおれたちが守る・・・・・・

だから・・・・・・・・・」

熱い雫がアンドレの頬にポトリと落ちた。

 

「アラン・・・おまえ・・・・・・」

アンドレの目の奥にも熱いものが───

 

二人を取り囲んでしゃくりあげていた4人だったが、この時、"隊長" ということばにラサールが反応して叫んだ。

「あ・・・っ、そうだ!

おれ・・・おれ、アンドレの目のこと、今から隊長に言ってくる!!」

そう言って踵を返し、駆け出そうとしたラサールの目に飛び込んできたのは───

 

 

「おまえたち、そこで何をしているっ!?」

当の隊長が凄まじい勢いですぐ目前まで迫っている姿だった!

 

───司令官室の窓から、アンドレに近づくアラングループを見たオスカルは、《明日の策》を彼ら全員に一挙に話す好機とばかりに部屋を飛び出して来た。

だが、肝心要のアンドレと彼らがなにやら揉めていることに当惑し、状況を見極めるべく、暫し兵舎の陰から様子を窺うことにしたのだった。

そうはいっても、建物の位置が彼らからは若干遠く、声を聞き取れないのをもどかくしく思っているうちに、なんと最愛の男が殴られ始めた!

そんな光景を黙って見ていられようか!!

 

「どけどけどけ!」

4人の隊員を押しのけ、アランをアンドレから引き剥がし、ふらついている彼の両腕に手を添えて支える。

(抱きしめたい気持ちを、今はグッと我慢した)

「おい大丈夫か? しっかりしろ、アンドレ」

 

オスカルの手を自分の腕からそっと外し、苦笑いするアンドレ。

「はぁーぁ・・・ アランといい、おまえといい・・・・・・

軍人ってヤツはホントにどうかしてるぞ。

なんで視力検査をするのに、物騒な刃物なんぞ振り回すんだ」

 

すると、視力検査という単語を聞いて、ラサールが自分のしようとしていたことを思い出した。

彼は勢い込んで(まく)し立てた。

「隊長! アンドレは右目もよく見えてないんです!!

出動なんてさせれらません!」

 

オスカルがちらりとアランを見やった。

「は・・・ん、そういうことか。

おまえ 知っていたというわけか」

 

自分がアンドレの目の状態を知ったのは つい数時間なのではあるが、彼のことを自分よりも先に知っていた者がいるのがなんだか口惜しくて、オスカルは語気を強めた。

「アンドレがどのような状態にあるかは、わたしがいちばんよく知っている

(数時間前に我が身を以て体感したばかりであるから、それは紛れもない事実ではある😓)

 

「だったら、隊長! アンドレは出動させないんですよね?ね?ね?」

期待に満ちたフランソワの声音に、ジャン、ピエール、ラサールも目を潤ませて、彼らの隊長を見つめ、アランも険しい表情でダメ押しをかける。

「おれだったら張り倒してでも行かせやしませんが、ここはやはり、隊長から このわからずや(・・・・・)にビシッと言ってやってください」

 

オスカルは5名の隊員をズイと見渡し、重々しく言い渡した。

「アンドレには出動先での特命を与えてある。

ついては、諸君もそれに参画してもらいたい」

 

ピエールが悲痛な泣き声をあげた。

「じゃあ、アンドレもパリに行くってことなんですかっ!?」

「と、特命・・・!?」と、ジャン。

「おれたちも・・・参画?」と、フランソワ。

「どういうこと・・・ですか、隊長?」と、ラサール。

「説明してください、隊長!」と、アラン。

 

「ここでは詳しくは話せない。司令官室に来てくれ」

戸惑って顔を見合わる隊員たちを尻目に、オスカルはそれきり口を噤んで歩き出した。

 

アンドレが、一人ひとりの肩や腕や背中をパンと叩いて歩みを促す。

「ほら行くぞ。アラン、フランソワ、ピエール、ジャン、ラサール」

肘をパン!されてブツブツつぶやくフワンソワ↓

「なんで、おれたち全員の体がどこにあるかわかるんだよっ!

見えてんだか見えてないんだか、どっちなんだあぁぁ😭」

 

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オスカルを先頭に、アンドレがしんがりとなってゾロゾロ兵営内を歩く7人連れを見て、囁き合う隊員たち。

「なんだ、あれ?」

「え? アレって第一中隊のヤツらじゃね? 

隊長に連れられてどっか行くみたいだな」

「あっ! もしかして、"出動しても、今度は命令拒否すんじゃねーぞ" ってクギ刺されに行くとか」

「なーに言ってんだ、ばーか。

そういう隊長こそ、命令拒否して処分されかけた っての、忘れたのかよ」

「あー、そりゃそっかー。んじゃ、なんなんだろな一体・・・」

 

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7月12日 15:00前後。

フランス衛兵隊 司令官室。

 

中央のテーブルセットに椅子を集め、司令官デスクを向いて座る隊員5名。

アンドレもカフェを配り終えて同じテーブルに着いている。

 

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「はぁ!? 何人かでテュイルリー宮広場を抜け出してパレ・ロワイヤルに向かうですってえ!?」

頓狂な声をあげたアランに、オスカルは、数時間前にアンドレにしたと同じ説明を繰り返した。

「そうだ。パレ・ロワイヤルはテュイルリー宮広場の目と鼻の先。

裏道で多少迂回したところで、徒歩で十数分かそこらだ。

裏道に詳しい者数名で、目立たぬ道筋を採ってパレ・ロワイヤルへと走ってもらう。

パレ・ロワイヤルに着いてからはアンドレが交渉役に立って動くから、他の者はその指示に従ってくれ」

 

その先のことばを、意味が確実に隊員たちの頭に沁み込むよう、一語一語 区切って力を込めて続ける。

「いいか──心してくれ!

なんとしても──!

──活動家諸君との連携──を取りつなぎ!

──騒乱を──避けるのだ!」

 

ごくりと唾を飲み込み、深く頷く、アラン、フランソワ、ピエール、ジャン、ラサール───

 

彼らの表情を確認したオスカルは、司令官席を立って室内をゆっくり歩き始めた。

「では初めに、パレ・ロワイヤルに向かう者は誰がよいか、候補者をあげてくれ」

 

フランソワが自慢げに胸を張った。

「ここに居るおれたちは全員、生粋のパリっ子です、隊長!

ほかのヤツらなんて考えなくても、この中の誰が行っても裏道なんてお茶の子サイサイっすよ♪」

 

「そうか。では、ひとりはアンドレとして、あと3名に行ってもらいたいのだが・・・」

 

アランが()たり()()で頬杖をついた。

「あー、なるほど。

少人数行動とはいっても、二人一組は基本中の基本ですからね。

何か起こった時に、一人じゃ万事休すだ。

おまけに、今回みてえな短時間集中行動の場合、三組も居ちゃ、却って意思疎通が取りにくくて支障が出るってもんだ。

確かに、二組で4人ってのがいちばん妥当なセンですね」

 

オスカルが足を止めて片眉を上げる。

「ほう・・・さすがだな、アラン」

 

「だって、アランは士官学校を出てるんですもん🤗」

我がことのように誇らしげに言うピエールの頭を、アランが仏頂ヅラで(はた)く。

「うっせえ」

 

〖そう・・・か。アランは・・・・・・〗

オスカルは体ごとアランに向き直って問うた。

「それでは、おまえなら誰が適任だと思う?」

 

「そうですね・・・おれが思うに・・・・・・」

アランは腕組みをして一人ひとりの顔を見回した。

「目端の利くフランソワと身の軽いラサールを先陣組にして、おれがアンドレと一緒に後追い組で走るってのが万全の態勢じゃないでしょうか」

そして心の内で付け加える。

アンドレを無事に送り届けたら、おれはすぐにテュイルリー宮広場にトンボ帰りしますけどね〗

 

...と、

「だめだっ!!!

おまえは隊の中に残れっ!!」

アンドレが血相を変えて割って入った。

アンドレとしては、このような止むに止まれぬ事情で自分がオスカルの傍に居られないのであれば、せめてアランにオスカルの身を護っていてほしかった。

 

ある種 狂気じみたを発するアンドレを見て、アランは彼の意を読み取った。

〖あーあー、わかったぜ。。。

てめえの身の安全より、何が何でも隊長を護れってか?

しゃーねぇヤローだ・・・ったくよぉ〗

「・・・お~っと。そういや、おれは走るのが でぇ(きれ)えだった。

すまんが、ピエールよぉ...

オッサンの扱いの得意なおまえに、このめん(・・)どく(・・)せえ(・・)瞬間沸騰オヤジを任せていいか?

人あしらいの達者なおまえなら、万が一、途中で誰かに見咎められても うまく(かわ)せるだろうしな」

 

「へへへ。人あしらいなら、アンドレのほうがずっとうまいけどね。

うん! 任せといて、アラン (^o^)v

んじゃ、走るのがつらくてもガンバローね、アンドレおじさん‼😜」

 

「はん! 好き勝手言いやがって。

ケツの青いガキどもが」

憎まれ口に紛らせ、アンドレは、真向かいに座るアラン(の、霞んで見える顔)に感謝の眼差しを送った。

 

〖わたしのアンドレはオッサンでもオヤジでもおじさんでもないぞ!〗

アランとピエールの軽口に内心ムッとしながらも、そこはグッとこらえてオスカルは口を開いた。

「では、フランソワ、ラサール、ピエール、アンドレ。

パレ・ロワイヤル行きの任務をよろしく頼む」

 

司令官デスクに戻りながら付け加える。

「念のため、4人とも、テュイルリー宮広場を出る際に隊服の上着は脱いでおけ。

その上着を裏返して銃と剣を(くる)んで抱えて行くといい。

走りにくいとは思うが、軍属兵士だと一目でわかるような危険は冒せないからな」

 

「そんなの、あの距離ならゼンゼンどぉってことないです!

あっ! アンドレはトシ喰ってっから、荷物抱えて走んの、ちょっとシンドイかもしんないですけど」

実は目敏く、一瞬ムッとしたオスカルの表情を見て取っていたフランソワが、おもしろがってアンドレいじりに便乗する。

 

実のところ、甚だデリケートな乙女で 心に正直で 瞬間沸騰タイプでもあるオスカルは、今度こそ何か言い返さずにはいられなくなった。

「それはわたしへのあてこすり(・・・・・)のつもりか?

わたしとアンドレは一歳違いだが?」

 

隊長に三白眼でジロリと睨まれヒエッと首をすくめた隊員たちは、アタフタと腰を浮かせ始めた。

「そっそれじゃ、たたた隊長」と、ジャン。

「ご指示が済んだんでしたら・・・」と、ラサール。

「お・・おれたちはこれで・・・」と、フランソワ。

「しっ失礼しても・・・イっすか?」と、ピエール。

 

さすがに班長だけあって、アランは悠然と立ち上がった。

「そんじゃ・・この件は決行まで他言ナシってことで承知しました、隊長。

アンドレ、明日はしくじんなよ」

 

それを聞いて、改めて、口々にアンドレに声をかける4人。

「ぜったい、おれたちがきっちり道案内してやっからな!」

「先陣組のおれたちが、交差路ごとにしっかり周りの安全を確認して、もしなんかあったら声をかけるからねっ!」

「うん、うん! 聞き逃すなよアンドレ!!」

「なんだったら、おれが腕を掴んで引っ張ってくから安心して!」

「いっ一緒には行けなくても、おっおれ祈ってるから」

 

明瞭なことばにされなくとも、彼らは、この策がアンドレを安全な場所に遠ざけるためのものでもあることを察していた。

 

「お・・・おまえたち・・・・・・」

仲間たちが寄せてくれる思いに、アンドレの頬に熱いものが伝った──

 

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一同が去って静かになった司令官室で、ふたりはどちらからともなく寄り添い、愛する者の体に腕を絡ませた。

 

「おれは・・・おまえとおれ ふたりのために、明日を生き抜かなきゃならない。

あああっ、だけど・・・っ

おまえを危険な場所に ひとり置いて行きたくない・・・!!

おれが居ると足手まといになるばかりなのはわかっている・・・・・・

・・・それでも・・・・・・それでも・・・」

 

「ば・・・か・・・・・・

わずかな距離とはいえ、おまえの行く道だとて・・・

安全とは言い切れんのだ・・・ぞ・・・」

 

 

そこに、ノック音とダグー大佐の声。

「隊長、ご在室でしょうか?」

 

ふたりはサッと抱擁を解き、オスカルがドア外に向かって答える。

「どうした、ダグー大佐」

 

「はい。実はラファイエット侯が隊長にお目にかかりたいと・・・」

 

別の声がドア外から慌ただしく響いた。

「ジャルジェ准将! 至急、話をしたい!!」

 

 

 

 

『さらば! もろもろの古きくびきよ -17-』に続きます