1789年。とある初夏の1日の、グランディエさんのモノローグ。

 

(※『✿開花への新たなる旅立ち⑧ ≪身を引くなど許さん!≫』

対(ツイン)をなしております)

 

『☆新たなる地獄への旅立ち❶【腹を、括る】』の冒頭に書きましたように、

オスカルさまが誰かに恋をしたことに気づいたグランディエさん。

深層心理(笑)では、その想い人は自分では?という気がしちゃうのだけれど、

それがふと意識の表層にのぼると、〝そんなコトありえない。自分の願望に

過ぎない〟と否定してしまいます😭

どんなことがあっても離れたくない唯一無二のひとだけれど、

彼女の ≪心≫ が誰かに向いてしまったのならもう為す術はない…と、

歯を食いしばって、軍人としてだけでなく、生きた血のかよった

ひとりの女性としてオスカルさまを飛び立たせるツラい決意を

一生懸命語るグランディエさんのシーンです。

 

 

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ばらの植え込みの前にブランケットを敷き、四隅を留める重しを1つ
置いたところで、駆けてくるおまえの足音が聞こえた。

「なんだ、もう来たのか。早いな」

そう声をかけはしたものの、おまえが近づいてくるにつれて気づいた──
おまえ、息があがってゼーハーいってるぞ。
どんだけ急いで走ってきたんだ。
上着とカンテラをブンブン振りながら走ってきたサマが目に浮かんで、
あまりの愛しさに、我知らず顔がほころんでしまう。


暮れてきた夜のとばりと噎せ返るばらの香りが、おれの思考を眩ませて
束の間の甘い錯覚に陥らせる。
──おまえ、ばらじゃなくて おれに早く逢いたくて💗おれが恋しくて💗
  気が急いてたんじゃないのか、オスカル💗──
 

ばかだな、おれ。
ただの妄想なのに、うれしくてニヤけちまう。


「わたしはおまえと違って俊足だからな。機敏な動きは軍人の基本だ」


「ハイハイ。軍人ばかサマの仰せ、まことに以てごもっとも。

朝ぶつけた つま先も何ともなさそうで、何よりでございます」


「つ、つま先…💦 あれしきのことで どうにかなるほどヤワなわたしではない」


ひそかにニヤけていても、この手の軽口の応酬なら長年培ってきた脳の自動応答ワザで難なくスラスラ出てくる。


「ブランケットを留めているのか? 任せろ。野営の設えも軍人の心得のひとつだ」

えっっ、もしかして、のぼせあがって浮わついてるせいで、作業の手元が覚束ないのがバレた?
こっ、これは自動応答はチト無理だ。
ちょ、ちょっと離れててくれ、オスカル💦

「いや、いい。おまえは先にばらを見ていろ」

おれがヘドモドしながらそう言うと、おまえはカンテラをかざしながら
植え込みのまわりをゆっくり歩き始め、少し行ったところで足を止めた。

「アンドレ。せっかくブランケットを留めてくれているのをすまないが、
わたしはここに腰を下ろしたい。動かしていいか?」
 

「え? そうなのか? なら、予備のブランケットもあるから、飲み物と
一緒に持って、そっちに行く」
 

「予備のブランケット? どこまで気を回すのだ、おまえは」

どうにかニヤけ顔を追っ払ったおれは、おまえの近くに歩みより、
ははとフツーに😓笑いながら、もう一枚のブランケットを広げる。
 

「物事には一切手を抜くなと、こわ~いおばあちゃんに骨の髄まで
叩き込まれているからな。現に、ほらな、こうして役に立っただろ?
向こうのは、おまえが怒って暴れだした時のおれの避難用に使えるし」
 

「失敬な。猛獣扱いするな」


ブランケットの設えを一通り終えると、何がおまえの目を惹いたのかと
カンテラをかざして花々に目を凝らしてみる。
花の色が白でよかった。
 

「なるほど。下のほうで陰になったこの辺りは陽が当たりにくいから、
まだ蕾なんだな」

そう言うと、なんだかわからんが、おれの頭を撫でてくれた。
ポカンとしておまえを見返したら、妙にやさしい声でおまえは言った。
 

「ああ。咲いた花はむろん美しいが、蕾の可憐さはまた格別だ」

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おれが2つのカンテラを柵の杭に掛けて振り返ると、
おまえは早速、ブランケットの真ん中に置いた革袋に手を伸ばしていた。


「さて、と。どんなワインを持ってきてくれたのだ?」
「ワインじゃない。カフェを持ってきた」
「なんだとーーーっ! ワインはないのかっっ!?」
「歩いてボトルをこんな所まで運んだら、揺れてしまってせっかくのワイン
がかわいそうだろう」
「あ…あ、確かに... ふう..それも、ばあやの厳しい教えの賜物という
わけか」
「そういうことだ」

カフェをマグに注いで渡すと、おまえは両手で包み込んで口に運ぶ。
 

「まだかなり温かい。カフェの香りに包まれながら、ばらを愛でるのも
なかなかよいものだな。では、今日のところはワインなしで許してやる」
 

「助かった! 実は、ワインがないとわかったらお手打ちにされるんじゃ
ないかとヒヤヒヤものだったぞ」

 

「ふん。ワインごときで、希少種の〝オスカルばか〟を失くしてたまるものか」

 

「別段、希少種でもないだろう。おれの年季が並じゃないのは確かだが、
代われるものなら代わりたいというヤツは、きっとゴロゴロ転がっている」
 

「なっ、何を言うっ! 代われる者などいるものか!!」
 

「志願者なら山程いると言っただけだ。
やめる気はさらさらないし、やめられるとも…到底思えない」
 

「なら、いい... 変なことを言うから寿命が3年は縮んだぞ」
おまえはそう呟いて、白いばらの蕾に目を戻した。

「蕾というのは愛おしくてたまらぬものだな。
〝美しく咲くのだぞ〟と呼びかけ、ずっと見つめていたくなる。
見つめ続ければ咲いてくれるというものでもあるまいに、
それでも、ずっとずっと見守り続けられずにいられない」

そういうおまえの声音に、ほんのり艶めいた甘やかな響きが漂っている
ああ、今、好きなヤツのことを思い浮かべているんだな。

そして、おれは...
  〝見つめ続ければ咲いてくれるというものでもあるまいに〟
  〝それでも、ずっとずっと見守り続けられずにいられない〟
図らずもおまえが口にしたことばに、

「ああ、本当にそうだな」と答えを返す。

おまえがおれのほうを見て何か言おうとしたが、
黙ってかぶりをふって小さく溜息をつき、ツッと立ち上がった。
そのまま、既に咲いているばらのほうに歩み寄り、
カンテラの灯りに照らし出された白い花びらを撫でる。


「ジェローデルが......」

えっ!? 思わず肩がビクッと震えてしまった。

「ジェローデルが、わたしはばらの花びらを食べるのか、と、
怪訝そうに聞いてきた」

「そ、そうか...」 なんとも間の抜けた返事しか出てこない。

「わたしはなんだかイラッとして〝いけないかッ〟と怒鳴ってしまった」

ああ…そういうことか。
彼も気の毒に。恋する軍人乙女心の地雷を踏んでしまったんだな。

おまえはそれきり黙り込んで、何か物思いに耽っているように、
花びらを撫で続けている。

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地雷を踏むのを覚悟で、拳を握りしめ、おれは思い切って口を開いた。

「オスカル... おまえは〝もう一生どこにも嫁がない〟と言ったが...
これはあくまでも〝もしかしたら〟だが──、
ジェローデル少佐でなくて、その..なんというか..たとえ叶わなくても、
結婚したい相手は他に居るのに…とか、ほんのチラッとでも思ったりしなかったか?」

おまえがハッと息をのみ、そのまま凝然と固まっている気配がする。
〝おれがそんなことを言うなど信じられない〟という驚愕が、
おまえの全身から放たれているのがわかる。

「い、いまさら、なぜそんなことを言…う?」

ふ…。今は、求婚者の話は一旦棚上げにして、おまえの問いに答えたほう
がよさそうだ。

「はは…っ。おまえの結婚話にトチ狂って、とんでもないことをしでかしたおれが〝おまえが結婚したい相手〟なんてことばを口にできるなんて、そりゃビックリだよな?
...気がついていたんだろう?
持って行ったワインをいきなりはたき落として、割れたグラスをおまえに触らせないよう、おれが必死になっていた理由に。
...わかりやす過ぎるものな」

おれは、ブランケットから出て芝草に膝と片手をつき、月光とカンテラの光を受けて輝く髪に縁取られた おまえの顔に目線を合わせた。

「本当にすまなかった。謝って済むようなことじゃないのは身に沁みてわかっている。
だが、今、おまえ自身の前で、おれの罪深さ愚かさを懺悔させてくれ。
本当に…すまなかった」

「ア…ンドレ」

「だけど、オスカル... 愚かなおれを、おまえが闇から掬い上げて救ってくれた。おまえを生きて輝かせるためにこそ おれが在る…それを、あの時ようやく、痛いほど思い知ることができたんだ」

手に触れる芝草のサワサワした感触が、おれに安らぎを与えてくれる。
大地にしっかり根を張る草々は、いつだって、おれの最高の友だ。

「ありがとう、オスカル。
今、おまえが、生きて、一緒にばらを愛でてくれている──、
おれが、今もオスカルばかでいられる──、
その幸せを、神のお慈悲とおまえに心から感謝する」

そして、おれは今から、思いのたけをおまえに伝えなければならない。
なぜ今になって〝叶うものなら結婚したい相手が居るんじゃないか?〟

などと尋ねたのか... おまえのその問いに答えなければならない。

「だから……、だから、今ここで誓う。
おまえの望む人生を阻む愚か者には二度とならない…と。
おまえは、おまえの心のままに... 自分の心に正直に生きてくれ。
胸の高鳴りを、ときめきを、熱い想いを感じられる相手に巡り会えたなら、人を恋い慕い求める心を抑え込まないでくれ。
軍人としてだけでなく、熱い鼓動を刻む人間として生きてくれ」

くそっ、目の奥に熱いものがこみ上げてくる。
ばかやろう、こぼれるな、涙。
夜空を仰いで、ぐっと奥歯を噛みしめる。

「おれは確かにオスカルばかだ。だが、それだけじゃない。
〝おれはおまえの分身〟そう言ってくれた人がいた。
ひとに言われて気づくなんて、おれも大概なマヌケだが、
おれはおまえの分身なんだよ…オスカル。
おまえが心のおもむくままに羽ばたいてくれてこそ、
おれはどんなことにも耐えて生きていられるし、
たぶん…生きていく意味を見つけることもできるんだ」


...言えた。全部言うことができた...

ほうっ…と息をつくと、
おまえの顔があった筈のところが髪の輝きだけに取って代わり、
柵がキシッと軋む音がした。
おそらく、花々のほうに顔を逸らし、柵に寄りかって体を支えたのだろう。


「アンドレ、まず最初に言っておくぞ。
あの時、意志薄弱なおまえがワインをぶちまけて部屋を逃げ出したあと、
わたしは苦しくて苦しくてならなかった。
おまえの許に行こうと何度も立ち上がったが、どうしてもできなかった。
おまえの前に立って何を言おうというのか、何が言えるというのか...
そして、いつの間にか燭台も消えてしまった暗い部屋の中で、思った──
おまえが思いとどまらなかったとしても、
共に息絶えるのなら、それでよかった、と。
苦しむおまえを見続けるよりそのほうがいい、とすら思った」

「オ、オスカ…」言いかけた刹那。
輝く髪がサァッと大きくひるがえった。
地面をガッと蹴って体ごとこっちを向いたおまえが、
おれを真っ正面から見下ろして...
んっ? 両手を腰に当てて…いる?
 ...ええっ、ソレって、いわゆる仁王立ち!?

「アンドレ!〝分身〟おまえ、そう言ったな。
そんな一方通行の半端なことばでは足りないとなぜ気づかん!
〝半身〟だ! おまえとわたしは、互いの…互いの半身ではないのかっ!?
ヘタレなおまえが、せっかくの細工ワインを無駄にしたあの時は
さすがのわたしも動転して、明確なことばを見い出せていなかった。
だが、さっき、おまえが〝分身〟ということばを出した時、
聡いわたしはすぐに気づいたぞ。
いいかっ! もう一度言ってやるから、そのボンクラ頭にしかと叩き込め!
おまえとわたしは互いの半身だっっ!!
半身なくしては、享けた命をあるべき姿で全うできない者同士の筈だっ!!」


ああっ、〝そうだ! そうだとも!〟と叫びたい!
駆け寄って、寸分の隙もなく抱きしめて、同じ鼓動を打つのを確かめ合って、
〝絶対におまえから離れたりしない!〟と言ってやりたい。
だが、そんなことをしたら、おまえをおれに…おれに縛りつけてしまう。
女としてのおまえの未来を奪ってしまう。そんなことできない!

おれは、立ち上がってしまわないよう、
手に触れていた芝草を命綱のように握り締めた。



ああ... おまえは、いつのまにか仁王立ちするのも忘れて、
嗚咽しながら荒い息をついている。
本当の答えは口に出せないけれど、せめて心を静めてやらなければ。
こんな時は、のんきな軽口でおまえの状態を指摘して、
我に返らせてやるのが最上の策だということをおれは知っている。

「あー... え…っと、すまん!
はは…は。まったく、おれってヤツはマヌケにも程があるな。
〝半身〟に、千回でも万回でも賛同して、訂正する。
けど... あんな感動的なセリフを、あんな威圧的な態度で、
泣きながらまくしたてる…って、おまえ、どんだけ器用なんだ?」

 

 

 

 

『☆新たなる地獄への旅立ち❻【お、おれを……おまえが…?】』に続きます≫