1789年。とある初夏の1日の、グランディエさんのモノローグ。

 

(※『✿開花への新たなる旅立ち⑨ ≪それが...よくわからないのだ≫』

  対(ツイン)をなしております)

 

 

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嗚咽も荒い息も、もう聞こえない。
代わりに、おまえの穏やかな足音が近づいてきて、

ブーツのつま先がおれの前で止まった。
 

「アンドレ、おまえが聞きたいのなら特別に答えてやる」
 

おまえは、子供の頃、ひみつ会議と称してヒソヒソ話をした時と同じように、
しゃがんで膝頭の上で腕を組んだ。

「誰であれ、結婚話だの恋愛ごっこだの、そんなもの、わたしは要らない。
半身のおまえがいつもそばに居なければわたしは酸欠になってしまうが、
他の男が、始終、目の前をウロウロしているなど、想像するだけで、

うっとおしくて悪寒がする。結婚なんぞ論外だ。
心配には及ばん、アンドレ。
わたしは、自分の心にこの上なく正直に生きている。
おまえが居てくれれば何の問題もない。

どうだ? これで納得できたか?」

言い終えたおまえの両の瞳から きらめく粒がこぼれ落ちた。


...どういうことだ?
おまえには想う男などいない…というのか?
恋に揺れるおまえの心をすべて感じ取っていると思っていた
のは間違いだったというのか…!?
...おれがいれば…何の問題もない……?

その時だ。

カンテラの仄灯りと月光の中に──見えた。
想う≪男≫を見る、≪女≫の潤んで揺らめくまなざしが──。
ロザリーがおまえを見つめていたのと同じ、潤んだまなざしが。
(おまえは男じゃないが)
王后陛下が、愛する男が伺候した時だけに見せたのと同じ、
揺らめくまなざしが。


ばらばらだった欠片がすべてピタリと嵌った。


あ......
おまえのまなざしの先にいた男は、おれ…なのか?
おまえの心をざめかせている男は、おれ…なのか?

オ…スカル... お、おれを……おまえが…?
そんなことあるわけない、そんなこと起こりえない……筈だった。
だけど、あ…あ、だけど、
おまえのそのまなざしを読み違うようなら、この右目も節穴同然だ!
なによりも……おまえが語ってくれたことば。そしてその声音に漂って

いた甘やかな艶めき

おれの願望が読みを曇らせているんじゃない!

おまえが…おまえが愛しているのは、このおれなんだな!?


体中がぶるぶる震えて止まらない。
息ができない。
動くことすらできない。
涙が溢れて溢れて止まらない。
オスカル、この震えを、涙を、どうにかしてくれ。
オスカル、オスカル、オスカル、オスカル、オスカル!!

「アンドレ、何をそんなにボロボロ派手に泣いている? 
わたしが言ったことにそんなに感動したのか? ん?
わたしも、自分が語ったことがあまりにも正鵠を射ていること
に感動して、思わず自分も涙してしまったくらいだからな」

え?

「それとも、わたしに言い負かされたのがくやしいのか?
…ふふ、冗談だ。わたしのアンドレは、わたしに負かされた
くらいで泣くような意気地なしではないからな。
ほらほら、涙を拭いてやるから、もう少し顔をあげろ」

いい香りのする絹チーフで涙を拭いてくれるのは心休まるが、
おまえ…さっき自分の言ったことが自分でわかっていないのか?

どこまでド天然天使なんだ、おまえは😓

「なんだ。おまえ、震えているではないか。
寒いのなら、今、上着をかけてやるから待っていろ」

いやいやいや。
心遣いは非常にうれしいものの、むしろ、体中が熱いんだが...

涙と震えが少しばかり引っ込んだ。
……その点はどうもありがとう、オスカル。さすが天使だけある。

いや、だが、しかし。
今のおれは、相当みっともない状況にある。
号泣した上に全身がほぼ機能停止してしまったのだから致し方ないが...

あっ、まずい。おまえが屈んで、おれの上着に手を伸ばしている。
ぼやぼやしていると着せられてしまう!
普通に喋れるかどうかわからんが、何か言わなくては。

「あ…え……っと。上着は、その、か、かけてくれなくてい…い」
掠れ声だが、なんとか喋れた。

「そうなのか? では、腕と背中を擦ってやろうか?」

おれは弾かれたようにバッと立ち上がった。
「だめだ! そんなことされたら震えがもっとひどくなってしまう!」
おまえが伸ばしてきた手を思わず掴んだ。
「あ...」 と洩れた艶めいたおまえの声に、おれは完全復活した。

半身のおまえも、女のおまえも、
全部ぜんぶ、おれが受け止める!
おれが…このおれが全部受け止めるぞ、オスカル!!

「愛している!」
掴んだ手首をぐっと引き寄せ、そのまま横抱きに胸に抱えこむと、
おまえはふっと力を抜いて目を閉じ、頬を染めて躰を預けてきた。
際限なく湧き上がってくる愛しさが奔流となって全身に満ち溢れ、
この身を突き破って噴き出してしまいそうだ。
「愛しているオスカル!! ああっ…愛している愛しているっっ!!」

「そんなこと... し、知っている...」 
腕の中から、甘やかな吐息にも似た声。

そ、そうだ…そうだった……。おっ落ち着け、おれ!

「あ... ん、そうだよな。 ...で、おまえは?💗」
返ってくる筈のことばに胸躍らせて、おまえの耳に唇をつけて熱っぽく囁く。
こんな芝居がかった色男じみたまねをするのは、34年も生きてきて初めてだ。




「それが... よくわからないのだ」


は? はああああああああああ!?🤪

潤んで揺らめく瞳にも、見る間に真っ赤に染まった耳と頬にも、
ちょっと眉根を寄せた、そのかわいらしい表情にも、
でかでかと〝愛してる〟と書いてあるじゃないか!


「〝よくわからない〟って、何なんだ!?」
のけぞって叫んでしまうおれ。

一気に脱力して、おまえを抱きこんでいた腕も力が抜けてしまった。
横抱きにされていた躰が平衡を失ったおまえは、咄嗟におれの上腕を
掴んで、あっという間に体勢を立て直し自力で立った。
こんな時にも関わらず、軍人の反射神経と瞬発力はさすがだ。

おまえは捩れたブラウスを整えながら、また少し眉根を寄せながら
話し始めた。
「うん... 実は、ジェローデルにも、おまえを愛しているのかと
聞かれたのだが、その時も、わからないと率直に答えるしかなかった」

ああ、彼はそう聞かずにはいられなかったんだな...

「さっき、ジェローデルのことを話した時、それを思い出して、
再度じっくり考えていたのだが、やはりわからなかった。 だけど...

おまえが、急に、おれの唇をじぃ~っと見た。
「あ…あの...。 く、くちづけしてみたら...わかるかもしれない」
目のまわりを紅くして爆弾発言。

く、くっ、くちづけぇっ!?
唐突に刺激的なことばを突きつけられて、おれは心臓がひっくり返って
しまった。寿命が半年は縮んだ気がする。

「なっ、なんでいきなりそうなる!」
「おまえは...わたしと、くちづ…あ…その..キスしたくないの…か?」
「したい!!」 超即答。
「そ…れなら、お願いだ。アンドレ...」 と、顔を近づけてくる。

愛して愛して愛し続けてきた女の甘く香る誘惑に、どうして抗えようか。
掌が自然にその頬を包み、ばら色の唇に吸い寄せられるように、すぅっと

唇が近づいていく。


いや、だめだ!! 
ハッと我に返って、断腸の思いで その頬から掌を引き剝がし、躰を引いた。
 

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改めてもう一度おまえの頬を両掌で包み、まだ葛藤し続けている胸の内の

ありのままを、おまえの前にさらけ出す。

 

「オスカル。おれには、おまえほどかけがえのない大事なものは他にない。
だから、おまえが自分の気持ちを掴み切れていない こんなあやふやな状況で
なりゆきに流されて突っ走って、≪あの時≫の二の舞を踏むことになりたくな
い。どんなにおまえの唇がほしくても、今はだめだ。わかってくれ」

とろけるような色を浮かべていたおまえの瞳が とまどいの色に変わった。

「だ、だから、キスしてみればわかるかもしれないと…いっ言っているでは

ないか」

 

「わからなかったらどうする? ずっとこんな中途半端な状態が続いても、
おまえはそれでかまわないのか? 正直に言う、おれには無理だ。
おまえの唇は甘い蜜だ…おれはそれを知ってしまった。唇を重ねてしまっ
たら、もっともっと…と、その先にある痺れるような甘さがほしくなるの
を止められない。止められなくて、きっとおまえの望まないところにまで
踏み込んでしまう」

 

とまどいの色を浮かべていたおまえの瞳がピキッと稲妻の閃光を発した。
 

「黙って聞いていればなんだ! どの口がそのようなことを言うっ!!
いきなり愛していると言い出して、驚いてドン引きしているわたしに強引に
キスしてきたのは、どこの誰だ!」


「だ・か・らっ! その時の悔恨を深ぁ~く肝に銘じているからこそ、だ!」

 

稲妻の閃光を発していたおまえの瞳が、今度は皮肉屋の色に変わった。

「ふぅ…ん。もうひとつ前科があることをお忘れかね、グランディエくん」


「うっ! そ、そ、それは...... すまんっ。ズルも、もうしない!」
..ま、どんなにあーだこーだ言い繕っても、本人に無断で…ってのはズルに

違いないからな。


おまえは唇を噛んで俯いてしまい...
その後、ぶつぶつ呟きながら左右に行きつ戻りつし始めた。

この状況、一体どう収拾すればいいんだ。
あんなに素直におれに躰を預けて頬を染めていたのに、
愛しているかどうかわからない…って、そんなコトってあるのか?
...んー、あるか。コイツの場合。

〝キスしてみたら わかるかもしれない〟 ───
おまえがそんなこと言い出したのには、何かそれなりの理由があるのか?
おれさえ自制心を保っていれば、あの時の二の舞を踏まずに済むのかも…?
そうはいっても、おまえが言っているのはどのくらいのキスなんだ?
"そんな 熱のこもってない軽いキスではわからん" なんて言い出されたら、
どうするんだ おれ!

あー、だめだっ! そんなコト考えてるだけで、もう理性が吹っ飛びそうだ!!
やっぱり、おまえが自分の気持ちにキッチリ納得してからでなきゃ、また、
暴走しておまえを傷つけてしまいかねない。

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暫くして、おまえが満足そうに大きく頷いて、おれの正面で足を止めた。

「よし。それなら、こうしよう、アンドレ。親愛のハグならどうだ?」
「え? おまえ、なんか話がずれたぞ」
「ずれてなどいない、最後まで聞け。打開策を提示しているのだ。
愛しているかどうかなど、頭で論理的に考えたところでわかるものでは
ない。それは認めるか?」

うわっ出た、おまえの演説癖...
「それはそうだ。認める」

「よろしい。わたしとて、ジェローデルに聞かれてから、さんざん考えたのに
まだわからないのだからな。
一方で、これまで通りの日常を続けていたのでは、やはり、結論を得るに足る
手がかりは望めない。どうだ、これは認めるか?」

ふー。こうなったら、腰を据えてとことん付き合うぞ、オスカル。
「確かに。それも認めざるを得ない」

「それならば、愛しているかどうか、わたし自身が見極めるためには、
日常を超える行動変革が必要だ。そして、その行動変革にはおまえの協力
が不可欠だ。協力というより、わたしたち双方にとっての重要課題なのだ

から、共同作業だ。これらを踏まえると、だ。まずは、大人になるととも
に途絶えて久しくなってしまった〝親愛のハグ〟から始めるのが妥当だ。
そう わたしは考えるわけだが……どうだ、アンドレ」

うーーーーーん。...まあ、一理あるな。

わわっ、"さあ答えろ!" と急かすおまえの視線が痛い。

めちゃくちゃ痛いぞ、オスカル😓

おまえはどうして いつもいつもそんなにせっかちなんだ😅

「親愛のハグ…か。 ...よしわかった。交渉成立だ」

ぱあっと輝いたおまえの薄桃色の頬を、おれは生涯忘れられないだろう。

「なら…善は急げ、だな」
おまえの片頬に掌を添えて微笑みかけてから、おれはさりげなく一歩下がった。


愛しい我が半身に両腕を差し伸べる。
「おいで、オスカル」

今も、これからも、腕の中に来るか来ないかは、おまえの意思に委ねる。
おまえの意思に委ねるが、おまえは必ず来る。
おれには絶対の自信がある。
なぜなら〝来たい!〟と、おまえの顔に書いてあるからだ。


来た! おまえが... 愛してやまない女が、この腕の中に!!
...おれを押し倒しそうなくらい、ものすごい勢いで。
おれの躰にぎゅうっと腕を巻きつけ、肩にぐりぐり顔を押しつけてくる。
は、はは... いじらしすぎて、また泣いてしまいそうだ。

「お帰り、オスカル。ここがおまえの居場所だよ」
おまえが、肩の上でコクコクッと頷く。
おまえの背にゆるく腕をまわして、幼な子をあやすように小さくそっと揺する。
「おまえを愛してるよ、オスカル」

また、肩の上でコクコクッ。

「…で、おまえは? オスカル」
もう一度、芝居がかった色男を気取っておまえの耳に唇をつけて囁いてみる。

「そ、そんなにすぐわかるものか!」 と、プィッとそっぽを向くおまえ。
あ、やっぱりね。そうくると思った。
だが、おまえの手は、何かを訴えかけるように、おれのシャツの背を握り締め
たり開いたりモジモジモゾモゾしている。
うーん、おまえとキスできる日はもうまもなくだな。
あと少しだけガマンしてガンバレ、おれ。
とっくに親愛のハグの域を超えているが、そんなことかまうものか。

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「アンドレ…」
「ん?」
「どうしても、キスは無しか?」
「無し。おまえがおれを愛してると、自分自身にしっかり認めるまで。
但し、口先だけで言っても、おれにはすぐわかるからズルは無駄だぞ」
肩の上で、クソッとボヤく微かな声。

咲きかけたばかりの蕾は、まだわかってくれていないのだろうな。
おれのほうこそ、どんなにか、このまま力の限り抱きしめてしまいたいか、
幾度でも熱く激しく唇を重ねてその甘さを確かめ合い、とどまることを知ら

ない想いのたけを伝たいか、
おまえの声が愛を語ってくれるのを、どれほど聞きたいか、
できうることなら、躰ごとじかに触れあい溶けあいたいか、を。

はぁぁ、新たなる地獄は、なんと甘美すぎる責め苦であることか。

 

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───オスカル───
おれの半身。
おれの中に愛という名の永劫の光を灯してくれた、ただひとりの女。

強くて、かわいらしくて。
勇敢で、甘えたがりで。
熱くて、いじらしくて。
無鉄砲で、繊細で。
まっすぐで、ほっとけなくて。
石頭で、たおやかで。
皮肉屋で、涙もろくて。
あああ... 聡明で…鈍感で───


  🍇🍇🍇🍇🍇🍇🍇🍇🍇🍇


「オスカル。お屋敷に戻る前に、
この子達全員をもう一度しっかり見ておこう」

おれは、宙に、腕で大きな弧を描いてみせた。

「この中でいちばん遅咲きの子がきれいに咲いてくれたとき、
その子は白ではなく薄桃、いや薄桃どころか、熱く燃えるような
真っ赤に咲き誇っているかもしれないぞ」

ばら色に染まった顔でおれを見上げた軍人ばか殿が、不敵にニッと笑った。

「はて、わたしのアンドレがいちばん好きなのは白いばらだった筈だが?
その子が違う色になってしまってもかまわないのかね? んん?」

はは、さすがおれの半身。ツーと言えばカーだな。

「白く咲いて赤く咲いても、ばらはばらだ。
熱く燃えるような真っ赤なばらが、どんなふうにおれを酔わせ狂わせ、
息もつけないほど溺れさせてくれるか、今から楽しみでならないな」

おまえの瞳を覗きこんだおれは、
そこに映っている確かなもの胸躍らせながら、
我が最愛なるノッポの天使の唇に、オマケして、ほんの一瞬だけ小さなキスをした。
 

 

 

 

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