日本での、待機児童問題は、海外にまで伝わってきます。

とある女性のブログから広まった、「保育所落ちた、日本死ね」に関する話題。

この記事を書いたとき、その女性は、かなり感情的になっていて、書きなぐるように悔しい思いをブログにしたためたのだと思います。

それがきっかけで、あらためて日本の待機児童の問題がクローズアップされたのは、良いことだと思いますし、彼女に共感した多くのお母さんがアクションを起こしたことは素晴らしいですよね。

しかし、一方で、私には、どんなに日本社会に不満があったとしても「死ね」とは言えないなーと思いました。


海外に住んでいると、いやでもいつも自分が日本人として思い知らされます。

私は、自分が日本人であることにとても誇りを持っていますし、離れて住んでいるからこそ、日本が大好きです。

日本人であることをやめるつもりはないし、これからも日本人として生きていきます。


もちろん、日本には多くの問題があるし、それは良し悪しで判断できないことの方が多いですよね。


日本の良いところも悪いところも、離れているほどよくわかることがあります。


つまり、日本は完全な国ではないし、完全な国家なんてありません。

でも、私は祖国として日本を愛しているので、どんなに怒っても「日本死ね」とは言えないと思ったんです。



もちろん、この件の論点は、そこにないことは、分かっています。

しかし、「日本死ね」という文字を見ただけで、とても悲しく感じたという個人的感想だけは書いておきたかったので、今回のテーマとして取り上げました。


正直、私はこのブログ記事タイトルを見たときに、日本のことを恨んでいる外国人のセリフかと思ったくらいです。