短大でのヒンディー語を三つ目と数えて

良いのかはわかりませんが・・・

 

短大時代にある大学の学祭に行った時、

りんけんバンドのコピーをしている人たちがいて

これが後に長く影響を与える沖縄文化との出会いでした。

日本語のような日本語でないような不思議な歌詞。

実際その時、りんけんバンドそのものを知らず

その時の曲名か歌詞からりんけんバンドを探しあて?

沖縄ポップスにはまりました。

そして自分もエイサーやったり・・・

今は三線にまで手を出しています。

高校時代まで知っている大人は親か先生で

他の大人との交流はできなかったため

ものすごく世間知らずだったと思います。

バイトやボランティアでもしていれば

色々な人との出会いもあったのでしょうが。

親にとっては、他からの情報はあまり

入れないことが都合が良かったのだと思います。

そんなわけで沖縄音楽を知ることで

うちなーぐち、紅型、食べ物、そして

沖縄の抱える問題などが見えてきたのでした。