ある朝、部屋の空気を 入れ替えようと

 

窓を 開けた。

 

10Fの 部屋の窓から、外を見てみる。

 

秋晴れの 青空に 雲が 自由に浮かんで

 

さわやかな風が 通り過ぎた。

 

夏の雲は 力強くて

 

暑さで 固ゆでに なっているけれど

 

秋の雲は どこか気楽で のびやかだ。

肌寒くなってきたので

 

道行く人々の多くは 長そでを 着ている中

 

赤ちゃんを抱っこして

 

小さな子供と 手を繋いだ お母さんが

 

半そでを着て

 

足早に 横断歩道を 渡って行った。

 

思わず

 

“お疲れ様。お気をつけて。” と

 

遠くから 心の中で 声をかけた。

 

その お母さんは

 

誰かに 見られている事なんて

 

気付かないし

 

私の言葉も

 

もちろん聞こえないけれど

 

私の 心の言葉は

 

きっと 届いているのだろうと思う。

 

もしも 子供がつまずいて

 

お母さんの手を 放してしまった時にも

 

気をつけてね という言葉が

 

少しだけ 守ってくれるかもしれない。

頭を打って たんこぶを つくるところを

 

少しの かすり傷で すむかもしれない。

 

誰かに送る 応援の気持ちは

 

祈りであり

 

お守りで あるのだと思う。

 

それが ごく身近の人からでも

 

見ず知らずの 人からでも

 

その人に 向けられた 応援の言葉は

 

ふわりと その人を包み

 

見えない 言葉の力が

 

とっさの時に 守ってくれるのだろう。

 

この世界は

 

こんなにも 人で溢れているのに

 

自分は ひとりぼっちで

 

無意味な 存在だと

 

ヒューっと 心に 隙間風が吹いて

 

心の無人島に 飛ばされる時がある。

 

でも、もしも あの世にある

 

今世を 振り返る 再現映画館で

 

自分の人生を 観た時

自分が 気付かずに 受け取っていた

 

優しさや 思いやり

 

知らない人からの 善意に

 

溢れていたことに

 

気付くのかもしれない。

ありがとう、とつぶやいてみた。

 

まだ 生かされていることに。

 

私も 誰かを 応援できることに。