叫んだ。

泣いた。

叫びながら、泣きながら、ガッツポーズを繰り出し続けた。

あんなに我を忘れた夜はない。

もう本当に何がなんだか分からなかった。

ただ、嬉しかった。
本当に嬉しくて、嬉しくて。

それから一睡もしなかった。
寝たくなんてなかった。

ずっとしゃべり続けた。


ジョホールバルの歓喜。

そんな名前のつく前の、小さくて大きな、私たちの歓喜の夜のお話です。



その日の夜は、一度寝てから、深夜に起きた。
両親が大きな声をあげていたからではなく。



インドネシアでの試合。
前半。
先制点は日本。
ゴンちゃんが決める。
1-0。

後半。
イランの猛反撃。
1-1。
暑さが、重圧が、体力、気力を奪い続ける。
逆転、1-2。
時間が進む。
交代で入った城が決める。
2-2。
90分を終える。
ゴールデンゴール方式の延長戦。
岡野投入。
誤算。
岡野外し続ける。
チャンスとピンチの連続。
心臓に悪い。
母は4年前と同じように、自陣にボールが運ばれる度に、怖い、怖い、とのたまう。
延長後半。
中盤でボールを、奪う。




中田がシュートをうつ。



キーパーが弾く。



右サイド。


岡野が倒れこみながら、スライディングシュート。




ネットが、揺れた。











崖からもう半分は落ちてる

片手すらかかっていない


とはこの頃の父の言葉。


父は本当にサッカーを愛している。

まだサッカーが今ほどメジャーではない時代からの熱心なファン。
Jリーグ開幕したての頃、
「これからはサッカーの時代が来る」
本当に嬉しそうに語っていた。

私もサッカーが好きだ。日本代表も好きだ。

でも勝って欲しい一番の理由は、心から落胆している父の姿を、見たくなかったからだ。

次の試合。
首位韓国とのアウェー。
負ければ、本当の終戦を迎える。

良く覚えている。
韓国の応援団が掲げていた

“一緒にフランスへ行こう”

この頃、韓国には戦争、反日、侵略…。そんな負の感情が今よりも圧倒的にあったと思う。

そんな中でのこの一言は素直に、
嬉しかった。


韓国は本気で戦ってきた。

すごく早い時間帯に先制点を決めた日本に対して、猛然と攻めて来る韓国。
その間隙をぬい、追加点を奪うも、最後のホイッスルが吹かれるまで、生きた心地がしなかった。

0-2での勝利。ここで潮目が変わる。

次の日に行われたグループ2位のチームが最下位のチームとドロー。
入れ替わりで日本が2位に浮上。
残り一試合。

ホームで行われた最終戦は、それまでの苦戦が嘘のような圧勝。
グループ2位で終え、別グループ2位とのプレーオフを迎えることになる。