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城崎温泉 再認識 その3??

雨つづきの城崎温泉


再認識は まだまだ つづく・・・


いつまでかかることやら・・・



さて


北柳通りを一の湯方面へ



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こちらの湯は 海内第一泉 と評された温泉


評したのは 城崎4大恩人の1人 香川修徳


この海内 海に囲まれた島国・日本内 一 という意味だそう


改めて言われると なんかすごい気がしてきます


王橋飲泉場もあります


はて?? 一の湯前の橋 


大きいけど 大橋ではなく 王橋   なぜ???




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一の湯横の みなとやさん


現在は 和菓子や麦わら細工を扱われ 最近では 温泉饅頭も人気


独鈷水というお菓子は ここだけのもの だったはず


昔は 文化人の集まるサロンもやっておられたとか


麦わら細工職人の育成に相当尽力されたお店


王橋ちかくにあり 江戸時代などは 港ではないけれど 湊だから


みなとやさんなのかなーーー


季節の生和菓子は 是非 召し上がってみてください



番外編ですが



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       中町通りにある 昔の城崎の写真ギャラリー

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              多彩なメニューのある カフェ こやまさん

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       生物多様性を展示、釣りもできる はっちゃん作の 水槽、これ 超人気

       近所の子供の格好の遊び場になってるとか





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こちらは 大和屋さん前の建物


北但大震災で火災で焼け野原になった城崎で残った建物は


温泉寺 この建物とあと1つのみ


城崎にあった書物なども すべて灰とかしてしまった



温泉寺のご住職が 曼荼羅記を書写したのが 大正13年のことだったらしい


震災前 この巻物は 日生下氏他所有で 4つのみあったもので


なんともいえない偶然


温泉寺になければ 現在はなくなってしまっていたのかもしれない



震災後 残った建物の1つが 実は 僕が小学校まで住んでいた建物・・・



焼失してしまったのですが、10数メーターの1本の梁が出てきた


なんて話を記憶してたなー


その建物が歴史あるたてものだったと知ったのは つい最近



温泉寺に遊びに行ったとき


住職【桃島に行く途中に今井先生の住宅があって そこも震災の火災を免れた】


僕  【へーーー】


住職 【柿の木があるとこ近くでなー】



ん?今井先生?柿の木?


聞いたことがある


我が家だ・・・・


相当 びっくりしたのを憶えています



そんなことを思い出しながら 城崎めぐりは つづく

城崎再認識 つづき

肌寒くなってきました 


デジタル外湯券の端末の取り付けも終わり いよいよ10月31日始動



さてさて


城崎めぐりのつづき



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文芸館を出発! 中学生もたくさんいました


弁天山の案内の後 川沿いへ



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現在は こぢんまり と名前が代わってますが しまや さん


しかも 古島さん  弁天山に深くかかわっているんだろーな


和尚の説明では 指をさしている方 地蔵湯向きの踏み切りをこえた辺りは


江戸の頃 三十石舟が行き来できるような風景だったそう


そこからは 小舟に乗り換えて温泉寺方面へ人はながれていたそうだ



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そして 柳湯


中国の西湖の柳に由来しているらしい


一番のお気に入りの外湯 深くて 熱い!!


がしかし この熱さにもきちんとした理由があったのには驚き・・・


今現在は 源泉からの集中管理方式で同質の温泉が町内の宿や外湯に配湯され


ていますが、昔は この柳湯と地蔵湯??は 別の源泉でそのころから 温度が高


めだったそう 効能も皮膚病などにえらく効いたそうです


ただたんに熱いわけじゃなかったのね・・・・



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そして 柳並木に設置されている外灯


ここにも実はこだわりが・・・


明治期、電灯がまだないころ 街の灯りは ガス灯だった時代


城崎にガス灯が設置されたのは 街の規模からすると相当に早い時期に設置


されたそう


そのころの ガス灯をモチーフにして設置されているのが 写真の電灯


下の写真、ガス灯の特徴である中の白い部分も再現されている


気にもしていなかった・・・・



この柳並木の護岸というか 石垣は すべて玄武岩


北但大震災の際 復興計画により 道幅も広げられ パラペットもつくられ


防災の街としての復興をとげたようですが この玄武岩 震災で崩れた玄武岩を


使用したそうです 


崩れた玄武岩というのが すごい発想ですね


玄武岩というのは知っていたけど・・・



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そして 昔 鍵の形をしていた路地 鍵屋町??にて


大だんじりがやっと通れるくらいの道幅だったのを いまの広さにしたそうです


たしかに 昔の資料の写真をみると


??これ どこ?? ってくらい 道幅がせまい



震災で焼け野原になってしまった城崎温泉


一致団結し 計画的に現在の街並みが形成されたわけです



子供の声が聞こえる限り いで湯の湧きいづるかぎり・・・


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城崎めぐり 城崎再認識1


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       現在の城崎温泉 ロープウェイ みはらしCAFEより

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       城崎ロープウェイの乗り場に展示されている明治期の城崎温泉

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       木屋町小路入り口に展示されている 明治期の城崎温泉


城崎文芸館に集合し 城崎温泉の大きな流れを簡単に説明された後


班分けに従い さあ 出発!


本日の案内人は さきほどの温泉寺 副住職 祐章 くん


さっきまで しゃべってたんですが・・・・(笑)


この人の言う事は すんなり入ります(笑)


なぜか??  絶対論であまりしゃべらない、比較論で解釈をしているから


そんな風に思うので 今回はラッキーだったのかも


まず、上の写真3枚



この城崎案内人 体験すべしです!!


市民も お客様も きっと 感じることがたくさんある!


写真は現在、明治期の2枚 です


城崎温泉は江戸期まで一の湯より西側はほぼ沼地だったそうで


明治期の2枚でも あまり家屋が描いてありません


いまは JR城崎温泉駅や 商店でにぎわっておりますが100年前は


全く違う姿だったそうです



まず 案内されたのが 弁天山


うちの露天風呂からもみえるのですが


改めて行ったのは いつ以来かな・・・・ 



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弁天山


城崎温泉というより 城崎の発祥の地


右側には 神楽丘という表記が


現在 温泉寺大悲殿に安置されている 十一面観音像が 流れ 流れて 漂流した


観音浦から まず最初に安置されたのが ここ 弁天山


当時 この山は 児島といわれ まわりは小舟でわたるような沼地だったよう


今も 秋祭りの際は 神輿が弁天山にて 小休止する所以かな


まわりにもこじまさんがいて 名前を以前は しまや さん・・・


関連してるんだろーなー


また 平家の総大将 平 盛継の塚もあります



なんで そんなすごいひとが 城崎に来たのか???なぞだ・・・



さて


ここ 弁天山に安置された観音様の額から 


一筋の光がーーーーーーーーーーーーーーーーーー



その指し示す先が いまの温泉寺の場所で


温泉寺が建立されはじめたらしい



は!!!


和尚にも 額の真ん中に 大きな干し葡萄・・・いやいや ほくろが!!


もしや 観音様の生まれ変わりでは?と 常々思ってるのは 僕だけ


かな・・・


城崎に額の中心ににほくろがある人は 2人(笑)


どちらも 文化を継承する立場にある2人


あらたな というより 語り継ぐ宿命をもってるのかも




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弁天山の〆に聞いたお話は


このお地蔵さん


真ん中に 八十八の字があるの わかりますか??


神仏習合の際だったかな 


温泉寺と極楽寺の当時の御住職2人の発案により 四所神社をスタートにして


このお地蔵さんをゴールにし 城崎の山の中で巡礼ができるようにされたそうです


今も 四所神社からのコースは 残っているそうです



城崎温泉というより 城崎のルーツ


江戸時代、明治時代 いまより他地域に行くことがとても困難な時代に


もしかすると 行けない人たちのことを思ってか 発案された巡礼など


そこには お寺の持つ影響力の大きさと 素晴らしい御住職の気遣いを感じてしま


います


時代が変われば 法もルールもやはり 変わる


その中で 毎日をいかに有意義に楽しめるのか・・・・


                                          つづく


城崎めぐりの前に腹ごしらえ

ロープウェイ乗り場にも


風雲タイムスリップのチェックポイントがあります



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その横には


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明治16?21?年の城崎温泉の図


住居も少なく 非常に貴重なものが飾ってあります


このあとの 城崎めぐりにも大きく関連してくる図です



お昼ごはんのため



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御所の湯前 ふじさんへ


お昼は FUJI かな??


定食を食べに行くんですが この日は



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とうとう 食べることが出来ました(笑)


祭り前から 気になっていた スーはー の 沖漬け


うまいっす! でも メニューには ありません(笑)


季節も限定のはず


通ってください(笑)


スーはー 沖漬けのストーリーは こちら↓


烏賊釣向上委員会 城崎本部

http://ameblo.jp/superbigsquid0902/page-5.html#main


城崎温泉ロープウェイ

先日 城崎めぐり というイベントに参加してきました


観光協会で定期にも開催している城崎案内人に城崎温泉を案内してもらう


というイベント


知ってはいたものの 未経験だったので 参加してみました


が、ボリュームたっぷりなので 何回かにわけてご報告します


まずは


その日の午前中(笑)




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ロープウェイ山頂にいらっしゃる 慈母観音様


温泉街を一望し 平和を見守る


大正14年の北但大震災で横死された町民の皆さんのため 建立されたようです


右手に持った壺から 水が流れ出る という


10月に入ってから ずーーーと気になっていたのですが 謎がとけました



ロープウェイもリニューアルしてるんですねー



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なんだか お洒落な空間に変身してました


茶屋さんの山頂みはらしカフェ


薬膳うどん いろり団子などがあり ゆっくりできます



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みはらしカフェ からの城崎温泉全景


日本海まで見渡せます


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こちらは かわらけ投げ


真ん中の的にむかって なげてみましょう!



城崎温泉ロープウェイは 昭和37年 太田垣士郎翁により 架設されたそうです


昭和37年って つい 最近・・・ 


当時 中間駅のあるロープウェイは日本国内でも珍しかったそうです



いつものルートは 山頂まで上がって 中間駅で下車して 階段で降りるコース


この日は 和尚に差し入れでも と思い 蕨もちパフェをゲット


ロープウェイに乗り 中間駅へ



と、 乗ったとたんに パフェを落としてしまい 清掃!!(笑)


二個あったので 和尚の分は無事でした(笑)


甘いもの 大好物、 飲み屋でカルピスのボトルキープをする


元 手配り頭、 現 半鐘頭の 和尚とは



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こちらです↑


甘いものをあたえないでください なつきます (笑)


高野山でも 指導役を務めるほどの人物なのですが・・・



今回 中間駅によったのは これを借りるため



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城崎のことを見直すために みほさんから教えてもらった温泉寺誌を


借りにいったのです


こちら 城崎美術館で販売されております


どうやら この日の案内人も請け負っているとの事



では のちほど ということで


階段を下ります その段数450段


毎日 往復する和尚は すごいな・・・



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          城崎美術館



降りる途中 たぬきが・・・ いるなー・・・・ あれ!??


消えた・・・ まさか・・・ と 近寄ると



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この水道管?みたいなとこに入っていきました


ここが 住家なんだ


                                   つづく・・・・