タイトル

小説「南海の虎」

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「ミリタリー待受けマガジン」にて、好評連載中


第参章

「いざ出陣」

八月伍日より開幕

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タイトル

一路、南へ。その夏、護衛艦「ふゆづき」は洋上を進んでいた。
横行する海賊!狙われる商船!
日本政府が海上自衛隊の出動を決断した近未来、物語は夕暮れの海に始まる。
連載小説「南海の虎」
第壱章「南シナ海の落日」
南洋に、風雲は急を告げる!


作 渡邊 直

ミリタリー待受けマガジンにて、連載開始

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 あらたにひっそりと成立した、補給支援特別措置法により、海上自衛隊の補給艦「おうみ」と護衛艦「むらさめ」が、印度洋へ向けて出港した。さきの法失効による撤収が昨年11月の頭であったから、およそ三ヶ月ぶりの再開と言うことになる。なにぶんにも、素人のゆえに想像に頼るよりないが、現場にとっては、随分と慌しいことだったろうと思われる。

 関係者のご苦労に頭を下げつつ、再開される給油活動が、つつがなく行われることを祈る筆者である。

 さて、この件について反対する人々の口から、よく耳にするのはこれが戦争協力であるから、日本はこれに協力すべきではない。とする主張である。いはく、憲法に謳った戦争放棄、平和主義に反する。とのことである。

 常々思っていたことであるが、これらの論が唱えられる際、その主題とされる戦争と平和のいずれもが、いかなる状態をさしているのか?と言う点を明確に示されるのを、聞いたことがないのである。小生の狭い知見の範囲であるから、まったく取りこぼしがない。とは言えぬのであるが。

 定義されない状態を目指した行動や議論、と言うものが国政の場に行われる。と言うのは、いささかならぬ量の不安を小生に抱かしめる。達成されるべき勝利を設定されぬままに始められる戦争が、数多の国を滅ぼした例を、思い起こさせるのだ。

 戦争は政治の一部である。とかつてカール・フォン・クラウゼビッツは唱えた。そうであるなら、政治に、実態を持たない目的へ向けた議論を続けさせることは酷く有害なことであるように思える。

 さて、インド洋にて再開される海上自衛隊の補給活動は、戦争への協力に当たるのか否か?と言う点は、つまりインド洋で行われる各国海軍の活動や、また、印度洋から行われるアフガニスタンでの、そして継続されるイラクでのそれぞれの米軍の作戦が、戦争に当たるのか否か?と問うことに等しい。

 そして、これら三者はいづれも、現在の時点では戦争ではないように小生には思える。軍隊が戦闘を行えばすなわち戦争。とするならばともかくの話として、印度洋での活動は、公海上での治安維持活動であるし、アフガニスタン、イラクとも現地合法政府への協力としてことが行われている。

 いずれも、合法政府間の計画的武力衝突とは言い得ない。戦闘が発生すればそれが即座に戦争。と言うわけではない。

 問題の本質に目を向けぬ議論に、意味はなく、意味を持たぬ議論を国政の場に持ち込むことを慎まぬ政治家には、やはり意味はない。選挙権を行使する際、留意したいポイントである。