楽しんでね。


そう、皆なそう言ってくれる。


この時間だけは・・・僕を受け入れてくれる。


何が目的?


さぁ、わからない。


何を感じる?


何も感じない。


これ楽しい?


あなたが楽しければ・・・。


君の心はここにない。


どこに行ったんだろう?


大事な大切な君のこころを・・・誰が踏みにじったんだろう?




 保育園に入園した年だった。僕達家族は2DKの文化住宅に引っ越した。その日から、お風呂もない小さな住宅に親子五人で暮らし始めた。

 この引越しには訳があった。引越しは母と祖母のケンカが原因だった。僕達家族、両親と姉二人と僕の五人は、祖母に追い出された。

 母と祖母が皆の前でケンカして最後に祖母が僕達に向かって「出て行け!」と言ったのを覚えている。父が間に入って仲裁しようとしたが、結局は別居することになった。

 引越しの前に家族五人で文化住宅を見に行った。二人の姉は「小さい」「狭い」と不満そうだったが、僕は小さな家を見て一目で気に入った。廊下も何もない、こじんまりした部屋が、空き地に作った秘密基地のようで、かっこいいと思った。

 それまでは、祖母と一緒に5LDKの一軒家に住んでいた。昼の時間、母は仕事に出ていて、祖母は病院に診察に行く。僕は保育園に預けられていて、家に帰っても一人でいることが多かった。たまに家にいても母と祖母がケンカする。泣いている母をどうすることもできずに僕は二人を見ていた。

 母はその当時、離婚を決意していて、祖母の住む家から遠く離れた公団に引っ越す気でいた。しかし、祖母を一人にしておけない父が祖母の家から十分あまりの文化住宅への移転を決めた。母も父との離婚をあきらめて、一緒にいることにした。

 それでも母はご機嫌だった。引っ越す前の母は泣き虫だった。母と祖母は毎日のようにケンカして、いつも母は泣いていた。文化住宅へと引っ越した日に家族で引越しソバを食べたが、その時の母の嬉しそうな顔を今でも覚えている。

 母と父は文化住宅に越してから祖母とのことでケンカが絶えなかった。家族旅行に行かなくなったのもこの頃からだと思う。両親の仲は急速に冷えていったが、僕はこの頃の生活が大好きだった。小さな部屋で、家族五人で生活する。いつも傍に誰かいて、姉に叩かれ、父と母がケンカしていても、温かくて楽しい家族の絆を感じた。

文化住宅で過ごしたのは小学校の二年生まで約三年間だった。


文化住宅は、お風呂がなかった。夜、家族でお風呂屋さんへ歩いていく。夏の夜、たくさんの星が輝いて、夏草の匂いがする。僕より二つ年上の次女と四つ年上の長女は、お風呂屋に行くのを嫌がった。「お風呂行こうよ」と楽しそうに笑う僕を見て「あんたは嬉しそうでいいよな」と冷たく言った。

ある夏の日、仕事から帰ってきた父と二人でお風呂屋に行った。お風呂屋さんは僕達の住んでいる文化住宅から歩いて十五分くらいかかる。文化住宅を出て坂を上り、小高い丘の上の小さな商店街にお風呂屋さんはあった。六十歳くらいの叔母さんがいつも番台に座って、僕達家族が来ると

「いらっしゃい」と笑顔で言った。叔母さんは少し足が悪く、びっこを引いて歩いた。

いつも僕は、家族のお風呂代を握りしめて叔母さんにお金を手渡した。その日も父と二人分のお風呂代を叔母さんに渡した。

「今日はお父さんと二人できたんか?」

「うん」無邪気に答える。

父は元来が無口なたちで叔母さんに声をかけられても「ニコッ」と笑うだけで、話すことはなかった。この日も父は叔母さんに小さく挨拶しただけで何も話さない。僕の頭を大きな手でわしづかみにして、脱衣所に連れて行く。僕はいつものようにはしゃぎながら服を脱いで、大きなお風呂に飛び込んだ。お風呂場には若い工員さんと初老の叔父さんが湯舟に浸かっていた。お風呂に入ってバシャバシャと湯をたたく。

「ちゃんとせい」

父は、はしゃぐ僕を嗜めて、ひとりで体を洗った。僕は父に叱られて、おとなしく湯舟に浸かった。

(やっぱりお父さんと来るよりお母さんと女風呂に入った方が楽しいな)

僕は静かな男風呂と違う賑やかな女風呂を思った。体を洗った父が「こっちに来い」と僕に言う。父は僕の体を乱暴に洗った。髪の毛もシャンプーを使わずに石鹸で洗う。「痛い!」と言っても父は何も話さない。いつも父は乱暴だった。

お風呂を上がって着替えを済まし、ラムネを買ってもらう。父もオロナミンCを買って僕の隣で飲んでいる。脱衣所に小さなパチンコ台があって、十円で遊べる。お金を入れずにハンドルをいらっていると、父が珍しく十円玉をコインの投入口に入れた。僕はしばらくパチンコをして遊んだ。最後の玉がパチンコ台に吸い込まれた。

「帰ろうか」父が僕の後ろで見ていた。

僕達は叔母さんに挨拶して、風呂屋を出た。外は真っ暗で丸い月がきれいに輝く。月明かりが僕の頬を照らしているような気がした。夜の風が涼しい。父はいつものように早足で歩く。僕は小走りに父に着いていく。

歩きながら父が言った。

「おばあちゃんのこと好きか?」

「うん」

明るく答える。

「そうか」

父はしばらく考えているようで、歩きながら口笛を吹いた。父は昔から口笛を吹くのが癖で、よく母に注意されていた。

「おばあちゃんな、お父さんを育ててくれてん」

父の真剣な表情に僕は何か大切なことを言われているような気がして、真面目に聞いた。

「おばあちゃんなひとりでお父さん生んで、戦争でもお父さんのこと捨てずにな、育ててくれてん。お父さんもな、おばあちゃんのこと捨てることできひんねん」

父は突然、足を止めて僕の方を見た。

「わかるか?おばあちゃんはお父さんを捨てなかったんや」

「うん・・・」

僕は幼くて、父の言っている意味が分からなかった。ただ、その時の父の何かを決意したような必死の形相を覚えている。

「おばあちゃんな、人に憎まれ口たたくけど、ほんまは優しい人やねん。お前は分かってあげてくれるか」

父に言われて僕は小さく頷いた。

「ありがとう」

言って、早足で歩く父は、もう僕の方を振り向くことはなかった。坂を下り、文化住宅が見えてくる。住宅の窓からは部屋の明かりがこぼれて、楽しそうな話し声が聞こえる。 

父が僕の家の玄関の戸を開けると部屋から光があふれ出た。あまりにも明るい光に僕は少しびっくりした。玄関から出る光は映画の未知との遭遇のワンシーンのように眩しく輝いていた。父が家に入り、少し遅れて歩いていた僕を探して、母が戸口から顔を出した。僕を見つけて「お帰り」母が笑った。

僕は家に帰って姉を見た。「何?」姉が無愛想に言う。眩しく輝く家の玄関のことを姉に話そうかと考えたが、どうせ嘘つき扱いされるに違いないと思い止めた。

それにしても「不思議なことがあるもんだ」と僕は寝るまで、あの光のことを考えていた。

父は、その日、家に帰ると黙って本を読んでいた。
















よっちゃんのポエムと愛のブログ

写真貼り付けてみたんですが・・・よく分かりませんで、記事と別になちゃいました。

こんな感じの空港です・・・。