斜頭の度合いによって個人差がある
それと体格、骨格、筋肉量、それらが組み合わさって斜頭症の影響の個人差が出てくるのかもしれない。

それと、日本は長らく頭の形に関して
あまり見向きもされず、着目もされてこなかった。
固定観念で、見た目の部分としてしか見られて来なかった。



欧米の場合、頭の形を気にする傾向にある。
そもそも赤ちゃんのうつぶせ寝が多かったらしい、それによる窒息などが可能性として起こることによって、90年代から仰向け寝にさせることが欧米で多くなった

その結果、うつぶせ寝の時になかった、頭の歪みを伴わせることに欧米の人は気づき、ヘルメット治療を開発し
ヘルメット治療をするという選択肢が周知されてる感じらしい。

欧米の場合、整容上の問題からそういう治療をしてる傾向があるように思う。


うつぶせ寝から仰向け寝による、頭の歪みが増えたことによって
一部の欧米の医師の中で、斜頭の身体的な負担に気づいたり、気づきやすかったりしたのかなと思う。

ただその辺の情報は、漠然としていてよくわからない。





日本は長らく仰向け寝だったからこそ、今までそうしてきたから問題ないという固定観念があり

さらに斜頭症といっても軽度〜重度あり

個人的な見解として、重度斜頭の身体への影響も個人差があり、ばらつきがありそう


重度斜頭の身体への影響の統計がないというのは
それは人によって個人差があり、斜頭の身体的な微妙な変化、または変化に気づきづらかったからなのかもしれない

つまり身体的な負担(首こり、肩こり等)と重度斜頭というのが結びつきづらかった。

それと斜頭は見た目だけの問題だという常識が、より気づきづらくさせていたかもしれない

だから重度斜頭の身体への影響の統計みたいなのが無いし、そういう調査がされてこなかったのかもしれない。




例えば慢性疼痛(まんせいとうつう)というものがある。
特定の原因がなく、痛みが慢性的に続くもので2,300万人いるらしい。

その中で首、肩、背中、股関節、膝
これらの部位で痛みが出てる人の中には、もしかしたら重度斜頭が原因という人がいるかもしれない

慢性疼痛しかり、身体の一部位の負担で斜頭症が原因って人が一定数いそうではある、予想として。


意外に、一部の人々の中で重度斜頭の影響の負担なんだけど、気づいてない場合があるのではないか



これが例えば、難病的でかなり重い負担で明らかに頭の歪みが影響してて、それが誰の目にも明らか
でっていうのであれば、人々の意識の中で気づかれ対策をとろうという意識につながるだろうけど


でも斜頭は、そこまで難病ほどの重い負担ではないことと

斜頭といってもグラデーションがある
軽度から重度あり、仮に重度であっても影響ないという人もいるのだろうと思う。

その中で、自分の場合は重度斜頭の身体への影響は、強い方だと思う。


そういう個人差などがあり、わかりづらかったことが
斜頭の身体への影響を不透明にさせている、要因なのかもしれないなと思う。





ではなぜ自分はそれに気づいたのか
それは複数理由があると思う

まず思ったりより自分の頭の歪み(重度斜頭)がひどいことに気づいたのと

斜頭の身体への影響を、10代から20代までに、段階的に変化を感じとっていたのと

それと境界知能が自分にはあったということ

これは「生きづらさ」という記事にも書いていたけど
自分が境界知能ではなかった場合、生きづらさのハードルが1つ下がる


どう言うことかというと
斜頭による身体に負担が有って、でも境界知能とかじゃなかったら、肉体労働よりも事務作業的なのが出来たのかもしれない。



つまりある程度スムーズに生きていけれてたら、そこの斜頭の影響には気づかなかったかもしれない

首こりがあっても、首がこりやすいタイプなのかな?ぐらいの(それでもひどい首こりの部類ではあると思うけど)認識で終わらせていたかもしれない。



これらの理由が、自分の中で斜頭症の身体への影響というものを、意識に浮上させていた理由かなと思う。





まとめると

日本は長らく頭の形が着目されてこなかったことによって、自分の予想ではあるが

重度斜頭当事者で、かつ重度斜頭の影響で首こり、肩こり等を誘発してるのだけど、それが重度斜頭の影響でっていうのを気づいていない人が一定数いるのではないか

そういう人達が世の中にいても、自分の中では不思議ではないなと思う。


斜頭症の影響が気づかれてこなかった理由として

重度斜頭の身体への影響の追跡調査結果がないことで、その微妙で曖昧な部分が不明瞭なままだったからこそ、頭の形に対する意識が世間や医師や親や当事者の意識に浮上してこない

人々の意識にあがってこなかったからこそ
見落とされてきた部分なのだろうと思う。





ちなみにこれは、自分の中でもう一つ当てはまるものがある

それは境界知能だ。


境界知能もまた

軽度知的障害ほどでもないけど、平均知能ほどでもない


その微妙で曖昧な存在だからこそ見落とされ、結果苦しみが伴う可能性が高まる。




この2つのグレーゾーンが自分の中にあることによって、とても苦しんだ

認識されないグレーが2つ混ざれば
より濃いグレーになる

認識し理解されていけば、そのグレーは薄まっていき
生きやすくなる



そういう社会を心の底から望む