それからさらに2年後の2019年、僕は思い切って本気でこの斜頭症と向き合おうと思った。
もう目を背けずなるべく斜頭症というものが、何なのかを確かめようとした医師からの何かしらの言質がほしかった。
だから色々病院に何件かまわった。
正直どこの病院に行けばいいかわからなかったけど、整形外科が当てはまるんじゃないかと思い3件ぐらい行ったけど
やはりどこの先生も知らないという状態だった、そこで自分は考えた。
ヘルメット治療をしている病院に問い合わせて意見を聞こうと思った、近場だとそれは岡山大学病院だった。
※下の画像は、ヘルメット治療をしている病院のサイトの部分をスクショしたものです。この画像の医師に、文章内にある将来2次的という部分の意見を聞こうと思って、ここの病院に問い合わせたのですが赤ちゃんがいる親でなければダメということになり、近場の岡山大学病院に行ったという次第です。
岡山大学病院の中に「頭の形外来」というのがある、でもそこは赤ちゃんの頭専門で、ヘルメット治療のことや赤ちゃんの頭の診察相談をする場所という感じだった。
僕の中で、頭の形外来の先生は赤ちゃんだけど斜頭症など見てきているだろうから、何かしら見解をもっているのではないかと思った。
岡山大学病院に問い合わせをした。
自分は大人だし、赤ちゃんを見てもらうわけではなかったけども、とりあえず斜頭症に関する意見を聞かせてもらいたいということで、先生と話せるように受付の人に頼んだ。
そうして同意を得られた。
ただ紹介状がいるということで、僕は前に行った、整形外科の先生のとこに行って紹介状を書いてもらい、岡山に行った。
岡山大学病院に行き、僕は先生と話した。
自分の斜頭症のこと、そして今まで感じてきた自分の身体の負担
赤ちゃんのヘルメット治療をしてるから
他の整形外科の所と違って話は、多少通じるかと思ったけど
その頭の形外来の先生も反応は薄かった。
「そんなことあるんですか」みたいな顔をして聞いていた。
僕はその時、期待をもって話しをしに行ったんだけど
ヘルメット治療している大学の先生であっても
よく知らないのだなと、わからないんだなと
そこで自分の期待が崩れた
とにかくその時、先生と話しをして何が苦しいって
今、僕が話したことが分からないという反応とともに、定型文的に「頭の歪みは誰にでもありますからね」っていう言葉が、僕にとって苦しいことだった。
それはそうなのだけれども、僕はその頭の歪みによって身体の負担を感じて悩んでいた
だから僕にとってそれらの言葉は
僕の感じている身体の負担の症状というものに対して
蓋をされてるような感覚
否定されてるような感覚
あなたがおかしいんじゃないですか?
って言われてるわけではないけど、そういう風に言われてるような気持ちになった。
僕はその場では表情では出さなかったけど落ち込んだ。
まぁでも話しの最後らへんは、先生はちょっと食い気味で、話を聞いてくれたかなと
今までの先生とは違ってそのちょっと食い気味に聞いてくれたかな、という印象を感じたので
その分だけでもプラスと考えていくことにした。
その時、頭蓋骨と体のレントゲンを撮ってもらった。
※岡山大学病院で撮ったレントゲン、微妙に脊柱が曲がってるように見える。
そして僕自身が坊主にした時の写真も先生に見せた。
先生はその時こう言った
これを資料として撮らしてもらってもいいですか?と
いいですよと答えた。
僕の丸坊主にした時の、頭の写真をカメラで撮影して記録用として残すことにした
その時に、同意書があってこれを記録用としての資料として残してもいいかどうかの手続きの同意書だった。
これでちょっとでも、斜頭症というものが研究され何かしら解明されれば研究資料として使われてもいいなと思った。
僕は同意書にサインして、病院を後にした。
※一応本当に同意書にサインした証拠に、その際にもらう撤回書です。
とにかく僕が斜頭症で苦しいと思うのは別に症状がめちゃくちゃ苦しいってわけでもなく、苦しいのは苦しいんだけど。
辛いっちゃ辛いんだけど、でもまあものすごく重い症状でもない
でもそこら辺の、症状に対する配慮がなければ
僕にとっては日々例えば
仕事するにしても何をするにしてもちょっと、そこへのケアが必要になってくる
体を休めることが普通の人よりもちょっと、自分のペースでやらなければ辛くなるっていう部分がある。
人に合わせずらい体調的に
だから症状の辛さよりも
僕はその症状を知られてない、知られない、考慮されない
そして何より斜頭症の症状を
僕自身が認識しても、
それを社会あるいは医者が認識してない
そして否定される。
そういう精神面の部分が辛かった
僕にとって、そこが一番苦しい部分だった。
僕自身が2013年から斜頭の症状をある程度認識していたとしても
社会がそうじゃなかったから医者がそうじゃなかったから
だから僕は、この問題から目を背けるしかなかった。
4へ続く→



