私が、神社巡りを始めてからしばらくして、物部守屋について知ることになり、物部守屋は悪者なのか?の疑問を訪ねて、色々と調べ始めます。

物部守屋は八尾を本拠地にしていた、という話もあり八尾には特別寄せる思いがあったのですが、近い割になかなか来れませんでした。

近鉄八尾駅から歩いて程なくして
住宅街の一角として突然現れる八尾神社。




商店街を進むと現れる八尾天満宮
近くのカラオケ店からの声が聞こえて(笑)それはそれで胸をくすぐるものがありました。



物部守屋の地で、突然に現れる聖徳太子の生母、穴穂部間人皇女の聖地とされる穴太神社。

ふと、森ノ宮にある鵲森宮神社を思い出しました。

物部の地と思って歩いていると、突然に聖徳太子のお母様の話が出て来ます。不思議です。


JR八尾駅の方に進むと、御祭神が饒速日尊の澁川神社です。



物部氏の祖神だから、と言われますが、印象としては川の氾濫を抑えたからでは?というか、治水工事(土木)に物部氏が尽力されていたのでは?という印象を受けました。


私の神社巡りが深まったのは、四天王寺に祀られた物部守屋の祠がとても気になったからです。

その話を誰に熱く語っても、へ、へぇ~。。。と気を使わせてしまうのですがw

饒速日尊との出会いは、物部守屋の追っかけの結果というのが我ながら独特と感じております。でも、これには意味があったのだろうとも思うのです。

丁未の乱により、日本は神道を維持しつつも、仏教に傾倒していきます。
そして、天孫降臨時の祖先を持つ豪族達は次々に失権していくわけですが、ただ唯一、「ヒ」だけは守られて、延々と現代にも引き継がれています。

ヒノモトノクニ 日本国として。

なんか、本当にすごい話ですよね。
ヒ、とは?という話は、またの機会に。。