【禁止されると、やりたくなる私へ】


「やっちゃダメ」と言われると ​ 
なんであんなにやりたくなるんだろう。 ​ 



SNS断ち、間食禁止、夜更かし禁止…。 ​ 
良かれと思って決めたルールなのに、 ​ 
つい破りたくなってしまう。


実は私も、昔からちょっとあまのじゃく気質。 ​ 


決められた通りにやるのが苦手で、 ​ 
「やりなさい」と言われると、 ​ 
逆にやる気がなくなってしまう。


そんな自分にずっと自己嫌悪だったけど、 ​ 
最近ふと、夜中にチョコを
食べながら思ったのは


「これ、本当はダメなことじゃなくて ​ 
私が選びたいっていう気持ちなんだな」って。


禁止されると、自由を守ろうとする心が反応する。 ​ 
でも、本当にやりたいことなら、 ​ 
禁止しなくても自然と選べるようになる。


「やらない」と思っているうちは、 ​ 
自分と戦ってる。 ​ 
でも「今はやらなくていい」と思えたとき、 ​ 
少し心がほどけた気がしたんです。


禁止じゃなく、納得して選べる自分でいたい。


迷ったときこそ、 ​ 
自分の心がふわっと動く方を選びたいなと ​ 
思うようになりました😊


あなたも「これ、ほんとはどうしたい?」って ​ 
そっと自分に聞いてみてくださいね。
 

朝ヨガ、また少しずつ再開しています。



毎朝の習慣だったけど、
ある時、腰を痛めてしまって
一旦ストップ。


そのまま、あったかいお布団で
うだうだしてるのも気持ちよくて…


気づけば数日、画面オフのまま
Zoomにも入らなくなっていました。


30人以上いる朝ヨガ。
ひとり抜けても、
きっと誰も気づかない。

そんなふうに思っていたけど、


「気づいてた」のは、
他でもない自分でした。



朝、身体を動かすことで
リズムが整ったり
前向きになれたり。


その効果をちゃんと知っていたからこそ、
「このままやめるのはもったいない」と
どこかで思っていました。


でもね、いざ再開しようと思っても、
なんだか気持ちが重くなる。


やめるのは簡単。
再開するのは、けっこう勇気がいる。


だから私は、
「本当にやりたい?」って
一度自分に聞きました。


そして、「またやってみよう」と思えた時に
無理なく、小さく、始めることに。


ちゃんと再開しなきゃじゃなくて、
また戻ってこれたらそれでいい
くらいの気持ちで。


何かを続けるって、
気合いだけじゃなくて、
その先にある心地よさを
思い出せるかどうか。


心地よさにもう一度触れたくて、
私は少しずつ朝ヨガに戻っています。


完璧じゃなくていい。
一度やめても、また戻れる。


それに気づけたのは、
きっと成長なんだと思います🌿
 

Zoom中に、相手の声がよく聞こえない。


「え、私の環境?相手のWi-Fi? ​ 
これ、進めていいのかな…」 ​ 
そんな風に焦った経験、ありませんか?



実は先日、私もありました。 ​ 
講座冒頭の大事な時間に、 ​ 
相手の声が急に遠くなって。


自分のイヤホンを外してみたり、 ​ 
ネットの接続を再確認したり。


でも正直なところ、 ​ 
「何が原因か分からない」というのが
一番こわい。


昔の私だったら ​ 
その場で焦って、 ​ テンパって、 ​ 
うまく対処できなかったかもしれません。


でも今はちょっと違います。 ​ 
1対1のコンサルなら、
すぐに「音が聞きづらいです」と伝えます。 ​ 


でも講座など大人数がいる場では、
すぐ止めずに少し様子を見ます。


「進行を止めない」
「でも聞こえないままにはしない」 ​ 
このバランスをとることが、
実はけっこう大事。


そして何より、 ​ 
自分を責めないようにしています。


リアルの会場でも、 ​ 
プロジェクターが映らないとか、
音が出ないとか ​ 
トラブルは普通に起きる。


Zoomでも同じ。 ​ 
100%完璧じゃないものって思っておけば、 ​ 
トラブルが起きても、
深呼吸して対処できます。


受講生さんから
「音、聞こえづらいかも」と言われたとき、 ​ 
まずは「伝えてくれてありがとう」と返します。


だって、何も言わずに我慢するより、 ​ 
声をあげてくれることのほうが、 ​ 
ずっと大事なコミュニケーションだから。


焦らず、落ち着いて。 ​ 
起きたことを、フラットに見る。


 ​ 
それも、講師としての力だと
私は思っています😊
 

「今日は全然、入れなかったな…」 ​ 
そんな日、ありませんか?


瞑想のあと、うまく集中できなかったと ​ 
感じるときがあります。 ​ 



以前の私なら、 ​ 
「まだまだだな…」って
すぐ自分を責めてました。


でも今は、ちょっとだけ
違う見方をしています。


たとえばその日の空気、音、気温。 ​ 
そのときの心の状態や、
ちょっとした不安。 ​ 

さらに言えば、
誘導の声やリズムとの相性もある。


集中できなかったのは、 ​ 
自分が悪いからではなくて、 ​ 
いろんな要因が重なった結果かもしれない。


そう思えるようになってから、 ​ 
「できなかった日」も、 ​ 
大切な記録になりました。


私が受講生さんにまず伝えるのは、 ​ 
「報告してくれてありがとう」という言葉。


結果よりも、感じたことに気づいて ​ 
ちゃんと伝えようとしてくれた。 ​ 
それって、実はすごく勇気のいること。


だから、うまくできなかったことを ​ 
ダメとせずに、 ​ 
「そういう日もあるよね」と受け止めたい。


そして、そんな日こそ ​ 
ちょっと視点を変えてみる練習のチャンス。


全体を見渡す 鳥の目、 ​ 
小さな変化に気づく 虫の目、 ​ 
流れを読む 魚の目。


それぞれの視点で見つめてみると、 ​ 
同じ出来事も、
違って見えることがあります。


「今日は入れなかった」と思った日こそ、 ​ 
それをどう感じて、どう整理したかが ​ 
自分を知る手がかりになる。


瞑想って、ただ座るだけじゃなくて ​ 
心と向き合う習慣を
つくってくれるもの。



思ったようにできない日も、 ​ 
そのままの自分を受け止める練習に
なるのかもしれません😊
 

最近、何気ない投稿をするときに ​ 
ふと考えるようになったことがあります。



たとえば、誰かとの写真や感想を載せるとき。


「これ、載せても大丈夫かな?」 ​ 
そんなふうに、ひと呼吸置くようになりました。


というのも、私自身はSNSを20年近く使っていて ​ 
実名も顔出しも、あまり気にしないタイプ。 ​ 


職場に縛られることもなかったし、 ​ 
「タグ付けされても平気」という感覚が、 ​ 
自然と身についていたんです。


でも、最近になって思うのが


この当たり前が、 ​ 
誰かにとっては大きなハードルなのかもしれないって。


発信に慣れていない方や、 ​ 
普段は見る専門で、 ​ 
自分の名前が出ることに不安を感じる方もいる。 ​ 


家庭や仕事の都合で、 ​ 
目立つ投稿は避けたいという事情の方もいる。


そんな背景に気づいてからは、 ​ 
写真をアップする前に ​ 


「これ載せても平気?」って、 ​ 
一言添えるようになりました。


ちょっとしたことだけれど、 ​ 
それが安心感につながるなら
うれしいと思うから。


発信することって、 ​ 
目立つとか頑張るとかじゃなくていい。


小さなやり取りの中で ​ 
「大切にされてる」って感じてもらえる、 ​ 
そんなツールでもあると思っています。


これから発信を始めようかな、 ​ 
でもちょっと不安… ​ 
そう感じている方へ。


まずは、無理せず、 ​ 
自分のペースでいいと思います。


「これ、おいしかった」 ​ 
「今日、ちょっといい日だった」 ​ 
そんな投稿からでも、 ​ 
ちゃんと誰かに届いていくから😊


発信の先にあるのは、 ​ 
誰かとのやさしいつながり。



その空気を、私自身も忘れずに
いたいなと思っています。