先日、ある出来事を通じて
「あ……やってしまった」
と、自分の未熟さに苦笑いしたことがありました。
プロとして活動していても、
いえ、プロだからこそ、
ついつい「答え」を急いでしまう。
今日はそんな、私の恥ずかしい失敗と、
そこから見えた「信頼の本質」について
お話しします。

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ことのきっかけは、
ある方への、ちょっとしたアドバイスでした。
私の中では「良かれと思って」。
相手のためを思って、
光を照らすつもりで投げた言葉。
でも、返ってきたのは、
予想もしなかった静かな一言でした。
「あ、それ。ちょうど今、
自分で気づいて直そうとしていたんです」
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その瞬間、胸の奥がチリリと痛みました。
「あんな言い方、しなきゃよかったな」
「余計なことを、言ってしまったかな」
彼女は、自分自身の力で向き合い、
苦しみながらも、ようやく「自分なりの答え」という
大切な宝物を掴み取ろうとしていた。
それを、先回りした私の言葉が、
土足で踏みにじってしまったのかもしれない。
「教えてあげなきゃ」という私の親切心は、
いつの間にか、相手の可能性を信じきれない
「エゴ」に変わっていたことに気づかされました。
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一方で、別の方から、
「どうしたらいいか分かりません、助けてください」
と、まっすぐな瞳で頼られたとき。
その時に手渡す言葉は、
驚くほど深く、相手の心に吸い込まれ、
その方の人生を動かす力になりました。
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この二つの出来事が教えてくれた、
心理学講師としての、一つの真理。
それは、
「結局は、タイミングがすべて」
だということ。
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相手が「助けて」と自ら手を伸ばすまで、
じっと、静かに、信じて待つ。
それは、答えを教えることよりも
何倍も勇気がいることで、
何倍も深い「信頼」の証です。
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相手の中にある「自ら輝く力」を信じ抜くこと。
芽吹くその瞬間まで、余計な手出しをせずに見守ること。
それこそが、私たちが大切な誰かに贈れる、
一番贅沢で、一番難しい「愛」の形なのだと思います。
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まだまだ、私も修行の身。
「待つ」という名の深い愛を、
これからも大切に磨いていきたいと感じた一日でした。
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もし、あなたも大切な人を想うあまり、
ついつい先回りしてしまった経験があれば。
「わかるよ」の一言で、
この未熟な私を、少しだけ許してくれませんか?
あなたの「待つ勇気」のエピソードも、
よかったらコメントで教えてくださいね。



