「正しいことを言っているはずなのに、なぜか虚しい……」 

「相手を言い負かして、あとから強烈な後悔に襲われる……」

 

 

そんなふうに、自分を責めてしまうことはありませんか?

 

 

先日、私の運営する『花咲きコネクト心理学』の受講生さんから、

こんな切実な悩みを打ち明けられました。

 

 

「正論で相手を論破してしまい、あとで深い自己嫌悪に陥るんです。それが1回や2回じゃないんです……」

実はこのお悩み、私自身、痛いほどよくわかります。

 

 

 

鎧を着ていた、あの頃の私

 

心理学講師として活動する今でこそ「相手との温かい繋がり」をお伝えしていますが、

20代の頃の私は、まさに「正論の鎧」で身を固めていた人間でした。

 

 

当時、鉄鋼メーカーで営業事務として働いていた私は、

仕事に一生懸命になるあまり、相手のミスや理不尽な対応に対して、

容赦なく「正論」で立ち向かっていました。

 

 

「なぜ、そんなこともわからないの?」

 「間違っているのは、相手の方でしょう?」

 

 

自分では「正義」を貫いているつもりでした。

相手のためを思って言っているんだから、と。

 

 

そんなある日、詩人・吉野弘さんの『祝婚歌』という詩に出会い、

私は衝撃を受けました。

「正しいことを言うときには 少しひかえめに」

 

この言葉が、当時の私の心に深く突き刺さったのです。

 「正しい」を突きつけることが善だと思っていた私にとって、

それは自分自身の生き方を根底から揺さぶるような一言でした。

 

なぜ、私たちは「正論」で武装するのか

 

今ならわかります。 あの頃、正論という分厚い鎧をまとっていたのは、

決して相手を攻撃したかったからではありません。

 

「傷つくのが怖かったから」です。

 

一生懸命だからこそ、余裕がなくなり、自分の脆い心を守るために、

正論という硬い鎧で自分をガチガチにガードしていただけ。

でも、その鎧は自分を守る一方で、自分自身の心をも窒息させていたのです。

 

「正しい」より、自分を味方に

 

もし今、あなたが同じように「論破してしまった後の自己嫌悪」に悩んでいるなら、

まずは自分自身にこう声をかけてあげてください。

 

「一生懸命だったね、本当にお疲れ様」

 

あなたが正論で戦おうとしたのは、それだけ責任感が強く、

今の環境を大切にしようと一生懸命だった証拠です。

 

 

まずは、「正しいか、正しくないか」というジャッジの世界から

少しだけ離れてみませんか? 

正しさを手放すことは、負けることではありません。

自分自身を一番の味方にしてあげるための、最初の一歩です。

 

 

「正しい」を少しだけ控えめにする。

 そうして自分を緩めてあげることが、結果として相手との間に、

思っている以上の温かい風を吹かせるはずです。

 

 

あなたの正しさは、あなた自身の優しさに変えていけます。 

そうすれば、目の前の景色は必ず、

今よりもずっと穏やかなものに変わっていきますよ。