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No one asks me to dance

インターネットに無さげなとこを不定期に。

 

週刊平凡パンチ1977年11月14日号掲載。8月8日/15日合併号に掲載したインタビューが好評だったのかなんと総力特集LONDON NOW特大号。記事中のシッドはシド・ビシャスです。

最新本動独占インタビュー
オレたちがイギリスの救世主なのだ!

 PUNK すなわち「SEX PISTOLS」なのである。
精力的で度胸のある、この四人組の若者たちはロックシーンから生まれた最もNOWで、最も過激なイギリスの異端児だ。
 女王さまを血祭りに上げてのデビュー盤「GOD SAVE THE QUEEN』は、発売以来内外で大モメ続発。本国でのしめ出しにはじまり、すでに日本でも「全面放送禁止」のレッテルを貼られたが、既に4万枚の大台に乗る強力ぶりだ。
 どこまでも暗く、何もかも停滞している老大国イギリスのなかでせめてもの若いエネルギーを"音"に求め、大衆への檄としてハリキッテいる"S・P"野郎たち……。

 数多くのプレッシャーに堪えながら、一体、その後どうなっているのか?ロンドンはピカデリー・サーカス近くにある彼等の所属するグリッターベスト社に出向きその心意気をきいた。


ゲリラ戦を続行中だよ

――日本での「全面放送禁止」は知っているか?
ポール「エッ!放送禁止?日本で」
スティーブ「なんでなんだ?」
(新聞報道による内容がイギリスの王室及び国家に対し敬意を欠いているという理由をご説明すると)
スティーブ「バカバカしい!」他の三人も「話にならねえよ」というゼスチャーでエキサイト……。
――テディズN・F(国民戦線)などから、かなり敵がい視されているようだけど。
シッド「初めの頃はそうだったよ。テディと年中トラぶってた、ってのは、その頃パンクのバンドはテディボーイ・バンドの前座だったろ、それが逆転しちゃって、奴等おもしろくなかったわけよ。だってよ、パンクはパンクだもん。カあるよ、勝つにきまってらあ。」
ジョニー「N・Fは最初オレ達の存在を知って宣伝に使おうとしたけど、うまくいかなくてな。どうやら最近はオレたちのこと憎んでいるんだ。」
――国内での活動が思うようにやれないようだが……
ポール「ロンドンでは全くコンサートはやれないんだ。」
スティーブ「ひどい話よ。町で行きあう一般の人なんかオレたちを白い目で見るな。テレビ番組の「ビオグランディ」に出演してから、オレたちは品がなくて、汚なくて危険だってマスコミがさわいだんで、その後コンサートやれなくなっちゃったんだ。たしか25~26回のコンサート予定があったのに、やっとこさ5回やっただけよ。劇場側からもしめ出しをくっちゃってさ、メチャクチャ。それ以来まるでダメさ。」

この「ビオグランディ」、どうもこの記事のライターさんがテレビ番組の司会者であったビル・グランディをテレビ番組名と誤認したのではないかと。問題の番組はTodayというニュース番組で、出演予定だったクイーンフレディの緊急手術により急遽出演キャンセル、代わりに呼ばれたピストルズが炎上したという…

↓その一部始終です。

――長いゲリラ戦だけど、作戦は?
ジョニー「先月、ロンドン以外の所で名前を出して何回かコンサートやったけど、うまくいったよ。」
――イギリスをどう思う。
ジョニー「少しでもよくなればいいと思う。いまを乗り越えてな。なにしろ国じゅうひどい状態だからな......。」
スティーブ「演奏できないんだぜ!わかるだろ?オレたちの気持。」
――革命については?
ジョニー「革命って何だよ?」
――考えたことは?
ジョニー「国が本当にどういうやり方をしてるのか、全然新聞にだって本当のことは書いてない。あいつらはただ黙ってんだよ」
シッド「パンクスから革命を起こすのだ!」
――キミたちのバイオグラフィを知りたいのだが……。
スティーブ「16歳!いや20歳かな本当は21歳だ。グループに入る前はモンダイ起しちゃってブタ箱に入って風邪ひいてたよ。2年半前までな」(かなりシブイ顔になる)。
ポール「20歳。トラックの運転手をやってたんだ。」
――ジョニー、学生の頃から音楽は得意だったんだろ?
ジョニー「大したことないよ。バイオリンはやってたよ。アイリッシュ・ムードの民謡をさ。」

(全員がここで大笑い。つまりジョニーと民謡は不釣りあいというわけなのだ)
――どうして歌をやることになったのか、ジョニー?。
(ポールが買って出て)「2年半前にオレたちがバンドやる時、ボーカルがいなくてさ、道をブラついてたジョニーをみつけ、こいつをひっつかまえて歌わせたのが、そもそものハジマリなんだ。」
ジョニー「うまい説明だぜ。オレも20歳だ。」
――いま一番関心のあることは
スティーブ「金と女」
ジョニー「人間はあんまり好きじゃない。とくにつまらねえことを話してる連中はな。まあ音楽だろうな。」
ポール「寝ることと、Gパンの洗たく。それにホモること。」
シッド「ウォッカだ。こいつが最高にキマってるよ。」

(とたんに、ジョニーが土産に持っていったビールの箱から数本出し各メンバーに投げて渡す。)


NYパンクなんてゴミよ

――かなりハードなステージだけど何か気をつけてるか?
ジョニー「健康管理かい?」
シッド「オレ達、ベイシティ・ローラーズじゃねえよ。」
ジョニー「まあ第一は酒を浴びるほど飲むこと。第二は食事は最低量しかとらないことだな。」
――トレーニングは?
スティーブ「ふざけるなよ。こんなぐうたらなオレ達にする質問かよ。まいるな本当に……。」
ジョニー「道路を横切るんだってたまにしかやらないぜ。」
スティーブ「そうだ。走るための機械をつかってトレーニングしてるんだ。オレ太り気味だろ?。」

シッド「ヤマハのやつな。エンジン付のな。」

(一瞬スティーブの話しに煙に巻かれそうになったが、どうやらオートバイを持っている様子)
――キミたちの映画を作っているというウワサだが……
スティーブ「まだ始まってないんだ11月中旬ぐらいからやるんじゃないかな。」
――アメリカで撮影するのか?
スティーブ(不思議そうに)「ここでやるよ。」
――内容は?
ジョニー「オレたちのグループができてからの記録映画みたいになると思うよ。うまく行けばことしじゅうには完成するだろうな。日本でも公開されるって話だぜ。」

この映画の話、ChatGPTに質問したら事実でした。ChatGPT有能。以下が回答。

  • バンドと関係者の“最初の映画化構想”は、実際にあったものとして記録されています。この映画はタイトルが Who Killed Bambi?。公開はされず、撮影の途中で頓挫しました。 

    https://en.wikipedia.org/wiki/Who_Killed_Bambi%3F_(unfinished_film)

  • 企画時点では、監督に米のエロティック/カルト映画監督 Russ Meyer が起用され、脚本は後に著名映画評論家となる Roger Ebert がバンドのマネージャー Malcolm McLaren とともに執筆した、という記録があります。

  • 企画の目的は、バンドをアルバム/シングルだけではなく映画というメディアで “社会現象/カルチャー” として提示 → アメリカ進出のきっかけにする、というものだったようです。

――日本でのキミたちのニュースは伝わっている?
ポール「NO NO。ただ日本でオレたちのことを知ってるヤツがいるってのはわかってるよ」
スティーブ「あとはまるで何も聞かないよな。」

(ここで記者が「GOD SAVE〜」の好調なすべり出しを伝えると、ポールは上機嫌身をのり出して大喜び、するとジョニーが「つまんねぇことさわいで浮れるんじゃねえよ」と怒鳴る。とポールもやり返して「何でだよ!つまんねえことじゃねぇだろう」。軽いジャブの応酬でチョンとなった……。)
――ニューヨーク・パンクをどう思う?
スティーブ「ゴミ!」
ジョニー「中産階級の匂いプンプンだもんな。全部な。いい楽器使って、いい所に住んでまったく単なるファッションにすぎねえよ。」

続きます。