週刊平凡パンチ1977年8月8日/15日合併号に掲載されたインタビュー記事。昔っからのダチのようなノリのインタビュアーですが、記事にする上で盛ったかんじもしないではない。
ちなみに当時の日本においてピストルズはその音楽よりも発言やファッションが先行して注目されたようで、初めてインタビューしたメディアもロック雑誌ではなく講談社のアパッチというド昭和の男性誌(数号で休刊)でした
罵詈雑言で全英国を震撼...これがロンドンの生んだ世界のワルだ!
現地で完全接触
独占海外取材インタビュー
エリザベス女王のシルバー・ジュビリー(銀冠式)で沸き立つ英国に、すげエパンク・ロック・グループが現れた。〈セックス・ピストルズ〉!
英王室をアザ笑った歌を叫び、ド汚いコトバで、金持連中を挑発する。コマーシャリズムを拒否し、既成の音楽を罵倒する4人のピストル野郎に、ツッパリ・インタビューをぶつけてみたぜ!
≪女王は人間なんかじゃねェ だけどオレたちは女王を神からの使いとして愛してみようか というのは彼女は旅行客をたくさん集めて イギリスのためによくやってるぜ いっちょ 愛してみるか だけどそうしたらオレたちの未来なんか あったもんじゃねェ ケッ クソったれめ アホ! ボケッ!≫(『ゴッド・セーブ・ザ・クイーン』)
この曲を求め、ロンドンじゅうのレコード店を探し歩いた。だが、どこにも売っちゃいない。わずかにキングス・ロードを南に20分ほど歩いた外れで店じゅう〈セックス・ピストルズ〉のポスターを張りめぐらしていた1軒を見つけただけである。
この曲の発表によって、ピストル野郎たちは民衆の敵No.1と、各新聞の一面にデカデカと書きたてられた。放送局はオール放送禁止、レコード店も販売を拒否、レコード店も販売を拒否、全演奏会場からもヤツらは締め出された。しかし、『ゴッド・セイブ…』は英国だけで20万枚以上を売り上げ、ヒット・チャート1位に躍り出たのである。
ド汚いパンク・ファッションで武装し、徹底して無政府な罵詈雑言をほえるピストル野郎たち!オレはヤツらに会うために一張羅の(背は一枚革の最高級品だぜ)革ジャンをバッグに忍ばせ海を渡った。が、ロンドンも連日30度以上の暑さ。ツッパりきるのには汗ダクだったぜ。
ロンドンの歓楽街ソフォー地区の近く、見つけるのに苦労するほど小さな通りに、スタジオ『ヒップノシス』がある。足で蹴飛ばせば5メートルは吹っ飛ぶようなドアを開けると、カビくさい臭いがたちこめている。
ピストル野郎たちのアジトはその奥、ゴミためを通り過ぎたもっとボロクソの建物だった。蹴飛ばせば10メートルは吹っ飛びそうなドアを押すと、壊れかけた階段がついている。声をあげれば2階から、
「なんだよォ!? 勝手に上がってくりゃあいいだろう!」
革ジャンのエリ立てて、グッとツッパッテ上階に登れば、ドラムスのポール・クック(20歳)が、壊れたアンプをしきりにいじっていた。
——よォ、ポール。仲間はまだかい?
「シッド(ベース、20歳)は下にいるよ。ところで何の用だ?」
——用というより…インタビューの約束したろ?
わざわざ日本から口ンドンに小便しにきたってわけか。そいつはご苦労なこった」
おりしも女王の銀冠式を迎えていた今年3月、『ゴッド・セイブ…』は発売された。これが極右や、"愛英精神"に富んだ連中をひどく刺激し、連中は今も公然とは外出できない。テロられるのだ。
——ポールもテロられたかい?
「やられたなんてもんじゃない。突然、後ろからガツーンと何かを食らって、気がついたら体じゅう血だらけ。アタマを1針縫ったヨ」
ポールはロンドンの下層階級生れ。中学を2年でフケて、皿洗い、ウエーターなどをするかたわらドラムを練習。ただし、酔っ払って演奏するとスティックをよく落とす。
ポールと話し始めて数分後、シッド・ビシアスが登ってきた。ロクにあいさつもしないうち、土産に持ってきた缶ビールをグイグイ飲んで、バタンと倒れちまった。ンナローッ!
——シッド、起きろ!調子はどうなんだよ!
「クソッ、テディ・ボーイのヤツらめ!おれたちはあんなヤツらに負けないぜ!」
ゲップを何度もやった後、ブフォッ!ものすごい屁をコキやがった。クソォーッ!
怒りこそオレたちの原点だ
落日のわが大英帝国。昨今の若年労働者の失業率は増大し、物価は上昇、ポンドは低落の一途をたどるばかり。労働党政府により活動を抑えられていた労組も下部での不満はウッ積し、各地でストライキ、工場占拠が続出しはじめた。同時に保守党をはじめ、右翼的潮流の動きも活発になりはじめている。
こうした情況は、音楽および若者たちの風俗にも微妙に反映している。そのなかでパンクはビートルズから始まったロックの第3期のニュー・ウェーブ(新しい波)であり、その音楽はきわめて反体制的でアナーキーなもの。オ××コ、チンポコと平気で叫んで観客に向かってはツバを吐き散らす。ファッションは安全ピンを体じゅうに飾りビリビリのTシャツやズボン。真っ赤に髪を染め短髪が多い。
同時に“愛英精神"に満ちたテディ・ボーイ・ギャングと称する連中がダウンタウンに群がりはじめた。髪は、ギラギラに塗りたくったリーゼント。アスコットふうの、ブカブカなジャケットを背負って徒党を組んで歩く。土曜日夜のキングスロードではパンク野郎とテディ・ボーイ・ギャングが事あるごとに衝突し、血を流しているのが現状だ。しかも、『ゴッド・セイブ…』で、王室ならびにエスタブリシュメント(既成社会)を嘲笑した〈セックス・ピストルズ〉は、パンク野郎のシンボルと化し、生命まで狙われるようになってしまっているのだ。
——シッド、アンタもやられたかい?
シッド「昨日もテディ・ボーイに追いかけられたよ。でも、おれは逃げ足が早いからネ」
——シッドは音楽をやる前は、何してたんだい?
シッド「新聞の売り子とか、道路掃除とか…ま、なんでもやったさ」
ポール「スティーブ(リード・ギター、20歳)は、アイツ、音楽やるまで、仕事したことないんじゃないかな。失業保険だけで食っていたよ」(笑)
——日本でもアンタらの曲は時折り流れるんだけど、なんでまた、あれほどに攻撃的なんだ?
シッド「この国を見ろよ。大学出たところで仕事はないし、イラついている若いヤツが多いだろ。そんななかでラブ・ソングをうたってどうなるんだ。憎しみとか嫌悪感…、そう怒りだな、怒りこそ、おれたちの音楽の源であり、それは若い連中全員が共有している感情なんだ」
インタビュー中、リード・ボーカルのジョニー・ロットン(20歳)から電話がかかった。
シッドが言う、
「ジョニーがネ、おれたちのライブも聴かずに、何が取材だって、ブーブー言ってるよ」
それだけ言うと、シッドは、またドタッとブッ倒れ、前よりスゴい屁をこいて寝ちまった。シッドのクビには太い鎖につけられた鍵がブラ下がっている。ツルツルに光ったジーンズは、ヒザ頭あたりが切れており、安全ピンが4つほど。このシッドの安全ピン着用が、全国的にブームを巻き起こした。安全ピンは何の危険もないものだが、ひとたびピンを引き抜けば、ヒトを、そして国を突き刺す…。
続きます。


