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No one asks me to dance

インターネットに無さげなとこを不定期に。

 

続きです。後に伝説的なパンクスとして語り継がれるシド・ヴィシャスが3回屁をこくインタビュー。

かっぱらいや失業保険で食ってきた

 75年の冬、ポールやスティーブは長い練習を終わった後、いつものように、パンク・ファッションの店『セックス』に行き、だれかが、ジューク・ボックスにゼニを入れてくれるものがないかとブラツイテいた。彼らにとって必要なのはボーカルだった。そこに、ニヒルにツッパッタ、やせた野郎が現れた。ジョニーとの出会いである。3か月後、彼らはバンドの編成に成功した。〈セックス・ピストルズ〉の誕生である。
 ドデカイ屁をシッドから2発食らった翌日、再び彼らのアジトを訪れた。赤いランニングシャツをテレッと着た肉体労働者ふうの野郎がしきりにギブソンのギターをチューニングしているスティーブ・ジョーンズ。失業保険で食ってた野郎だ。
 

——スティーブ、いいギターだなァ。
「ウン、こいつはオンナより最高さ」
——それにしても、いい体格をしているね。
「少年時代はみじめなもんでネ。オヤジはボクサーだったが、まるで売れず、オレはかっ払いなどよくやって飢えをしのいだもんよ。ジミ・ヘンの『パープル・ヘイズ』にしびれちまって、それからギターをやりだしたよ」
——あらゆる演奏会場から締め出されているというけれど、本当のことかい?
「ああ、イギリスではどこでも演奏はできない。ヒデェもんさ、クソッタレめッ!」
——〈セックス・ピストルズ〉というバンド名は、ポコチンという意味だと思うけど…。
「そんな解釈しか、日本人にはできないのかよ。たしかにそういう意味もあるが、もっとスゴイのさ。セックスでもって、肉体でもって突撃するという、オレたちの意気がこめられているのよ」
 

 再びシッド登場。「何か飲むものはないか」と言いざまドタッと寝っ転んじまった。そしてブフォッ!このヘコキ野郎!
 ジョニーがゆっくりと階段を登ってきた。2つほど缶入りソーダをかかえている。ボロボロのトレーナーふうなシャツに、"DESTROY"、それにハーケン・クロイツのプリントがしてある。手には鋲を打ちこんだブレスレット。おれを見ると、とたんにそこいらにツバを吐き散らした。"ジョン"は英国を代表する名前。つまりジョニー・ロットンとは"腐った英国"という意味でもある。ヤツも6月にテロられた。
 

——ジョニー、傷は治ったのか。
「もう平気さ。ヒタイと右腕をテディー・ボーイのヤツらに、バッサリ切られたけどね。ヤツらとケンカになると、オマワリが当然、やってくる。けれど、オマワリも、おれたちをブン殴るし、あげくは逮捕したりする。ブタ野郎が…!」
『アナーキー・イン・ザ・UK』(『英国の無政府』)で人気を不動のものとし、『ゴッド・セイブ…』で英国中を震撼させたピストル野郎は、新曲『プリティ・ベイカント』(『かわいい空間』)をつい先日、発表した。セックス・ピストルズ戒厳令の敷かれた英国で、同曲は今、5位に浮上している。

画像の次号予告の宇宙戦艦ヤマト特集。この1977年は映画版第1作が劇場公開された年でした。


キンタマあるなら戦いを忘れるな

 全員、20歳のガキだ。それほどに彼らは恐れられているのだろうか。ヤツらからTシャツをもらった。それはTシャツの裏に、女王のクチに安全ピンを突き刺したデザインが、プリントしてあるTシャツだった。試しに着て、街を歩いてみた。
 ジロジロと、冷ややかな目がTシャツに注がれる。まァ、この程度なら大したことない。
 "目立とう精神"に拍車がかかるばかりさ…と、後ろを振り返ると、目つきの悪い野郎2人が、オレを届けてきている。まさかと思い、また振り返れば、ますます険悪なツラガマエで、ガンを飛ばす。オレは小走りに走った。ヤツらも走り出す!オレは10メートル9秒台でかけ抜けホテルに帰った。冷汗でTシャツはグシャグシャだった。

 

——あんたら、やっぱりスゲェ音楽をやっちゃってるんだな。
「昔、ロックン・ロールは新しいものだった。新鮮さは若者をトリコにした。だが音楽は常に乗り越えられるものなんだ。テディ・ボーイたちは、その古い音楽に固執し、それを解体しようというものに対しては暴力でくる。ヤツらは死に場所を知らないんだ。くさったヤツらよ」
 ソーダ水の空缶、タバコ、ツバを、あたりかまわず投げ散らす。窓から投げたタバコが、下のゴミに火がつき、あわててスティーブが飛んで行って、水をブッカケ始めた。
 

——演奏ができないことに対して、どうする気かネ。
「BBCはおれたちの力を知り、ようやく『ゴッド・セイブ…』を流しはじめた。明日からおれたちはコペンハーゲンに行き、スカンジナビア半島では12回ほど演奏してくる。
 だけど、おれたちはイギリスから逃げ出しゃあしない。今までのミュージシャンは、有名になると、みんなこの国から去ってしまった。オレたちはそれに絶望し、オレたち自身で音楽を作ろうと思った。弾圧クソ食らえ!戦うことしか今はない」

——ベイシティーとか、スージ・クアトロが、日本では人気があるが…
「あんなクソガキ、死ね!ションベンでもひっかけてやれ!クソッタレどもに、用はねぇよ!」
——ところでナオンはどう?
「あのなァ。オンナが嫌いなオトコっているか。それ以外、特別にどうってことないだろ。つまんねぇ質問するな!」
——日本の若い連中に対する、メッセージはあるかい?
「そうだなァ、ビールでもガバガバ飲んで、ションベンして寝ろ!そして、キンタマ持ってるなら、最後まで戦うことを忘れるなよ!」
 かつてビルの掃除夫をしていたジョニー。おだやかな表情変えず激しいコトバが飛び出す。
 

 下階では、自分たちで作ったスタジオで、演奏旅行前のリハーサルが始まった。
「できれば今年の11月か12月に日本に行きたい。その時、おれたちのライブと安全ピンで、日本中の若者を突刺してやるよ」
 マイクにかじりついて、ジョニーはうたい、叫ぶ。たちまち狭いスタジオ内は汗のにおいが充満しだした。英国を敵としたヤツらだが、ヤツらのパワーは増すばかりだ。おいらもデカイ安全ピンを革ジャンにつけ、ヤツらに別れを告げた。〈セックスピストルズ〉、ヤツらは死んじゃいないぞ、クソッタレめっ!

レポート/なまえゆうじ
撮影/ヒロ大野

 

記事に掲載されてる写真の印刷品質がアレすぎて、もっと高品質な印刷で見たいところですが…プリントどころかネガも残ってないだろうな…そして1977年にメンバーから直でもらったというTシャツ。残ってたら確実にとんでもない金額になってる。

スタジオの控え室?でくつろぐシッド・ビシアスさんとポール・クックさん